【コラム】 ノイズの砂漠地帯:2000年代テキサス・シーンから現在まで

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【コラム】 ノイズの砂漠地帯:2000年代テキサス・シーンから現在まで

序章:静寂と轟音の狭間で — 南部におけるノイズの文法

文:mmr|テーマ:CharalambidesからBlack Leather Jesus、南部実験音響の系譜をたどる——2000年代のテキサス・ノイズとその現在

アメリカ南部の広大な地平に、ノイズという音楽が根を下ろしたのは、1990年代後半から2000年代初頭にかけてである。
ニューヨークやロサンゼルスが「芸術都市」としてノイズ・ミュージックをアートギャラリーやアンダーグラウンド・クラブで発展させたのに対し、テキサスはあくまで地理的孤立と個人的実験の場としてその文法を築いていった。

ヒューストン、オースティン、サンアントニオ——これらの街は表向き「カントリーとブルースの故郷」でありながら、その裏側ではテープ・コラージュ、ノン・ミュージック、ドローンが静かに培われていた。


第一章:孤高の音響実験 — Charalambidesと南部の意識の拡張

2000年代初頭、Charalambides(クリスティーナ&トム・カーター夫妻)は、テキサスのノイズ・シーンにおける精神的支柱であった。
彼らのサウンドはノイズというよりも、フォークとドローンの臨界点を探る実験的儀式だった。

  • 無限に引き伸ばされたギターの残響
  • 祈祷のように繰り返されるヴォーカル・フレーズ
  • テキサスの乾いた空気を通すことでしか成立しない倍音構造

“音楽ではなく、風景そのものを録音しているようだ。”
— Thurston Moore(Sonic Youth)

Charalambidesの活動は、KrankyWholly Otherレーベルを通じて広がり、のちのテキサス出身ノイズ・アーティストに多大な影響を与える。


第二章:鉄と肉体のノイズ — Black Leather Jesusと身体性の系譜

1990年代から活動を続けるBlack Leather Jesus(BLJ)は、リチャード・ラミレス率いるヒューストン拠点のノイズ集団。
日本の非常階段やMERZBOW、アメリカのThe Hatersと並び称される「ハーシュ・ノイズの極点」として、BLJは2000年代以降も旺盛な活動を続けた。

BLJの特徴は、ノイズと肉体、同性愛的美学の融合にある。
彼らのステージでは、拘束具や皮革、宗教的な儀式がノイズの物理的爆発とともに展開される。
それは音響実験というよりも、身体を媒介にした抵抗と祝祭であった。

BLJ周辺には、Werewolf JerusalemThe Ritaといった派生ユニットも誕生し、テキサスのノイズ文化をアンダーグラウンドの帝国へと変えていった。


第三章:ドローンから環境音へ — オースティンとアートノイズの接続

オースティンは、テキサスの中でも特に大学文化とDIYアートの温床として、ノイズが新しい方向に展開した都市である。
2000年代後半、Iron Lung、Pure Ground、Digital Leatherといったアーティストが、ハーシュからミニマルへと重心を移した。

録音環境も変化した。カセット・レーベルが台頭し、Edition MegoやHospital Productionsなど国外との交流も進む。
この時期の特徴は、ノイズ=アートとしての再定義である。
特に、オースティンの小ギャラリーや倉庫で開催された「No Idea Festival」は、
テキサスのノイズ文化を国際的前衛音楽ネットワークの一部として認識させた。


第四章:ノイズ以降のノイズ — 2010年代以降の展開

2010年代に入ると、ノイズは「極端な音響表現」から「構造的思考」へと変化する。
テキサス出身のアーティストたちは、アンビエント、電子音響、フィールドレコーディングなどを交錯させる新しい地平を切り開いた。

代表的な例として:

  • Tom Carter のソロ作品『Long Time Underground』(2015)
  • Rick Reed のテープ作品群(オースティン電子音響シーンの核心)
  • Amulets(Randall Taylor) によるループカセットを用いた記憶とノイズの詩学

これらの動きは、もはやノイズを“破壊音楽”としてではなく、時間と存在のノイズとして捉え直している。


第五章:現代テキサス・ノイズの現在地と未来

2020年代のテキサス・ノイズ・シーンは、ネットワークと土地性の狭間にある。
Bandcamp、YouTube、Discordなどを通じ、ヒューストンやダラスの若手アーティストがデジタル・コレクティブ的に活動する一方で、
古参のアーティストは依然としてアナログ機材と対峙し続けている。

「ノイズはテクノロジーではなく、態度の問題だ。」
— Richard Ramirez(Black Leather Jesus)

テキサスのノイズは、荒野と都市の中間で揺れ続けている。
それは、“音による南部文学”とも言えるだろう。


年表

flowchart TD A2000["2000:Charalambidesが『Unknown Spin』を再発(Kranky)"] A2002["2002:No Idea Festival、オースティンで初開催"] A2005["2005:Black Leather Jesus『Yes, I Am That Fucking Desperate』発表"] A2010["2010:Amuletsが活動開始"] A2015["2015:Tom Carter『Long Time Underground』リリース"] A2020["2020:テキサス・ノイズ・ネットレーベル群が活発化(Bandcamp)"] A2024["2024:Black Leather Jesus再評価の動き、欧州ツアー実現"] A2000 --> A2002 --> A2005 --> A2010 --> A2015 --> A2020 --> A2024

ディスコグラフィー

アーティスト タイトル リンク
Charalambides Unknown Spin 2000 Amazon
Tom Carter Long Time Underground 2015 Amazon
Amulets Between Distant and Remote 2018 Amazon
Black Leather Jesus Bible of Burnt Skin 2020 Amazon

結語:砂漠に響くノイズ — 孤独の祝祭としての音

テキサスのノイズは、都市的ノイズではなく地平線のノイズである。 それは叫びでも抵抗でもなく、存在を確かめるための微振動だ。 この地のノイズ・アーティストたちは、テクノロジーを通じてではなく、 むしろ孤独と自然の中で「音の倫理」を更新し続けている。

“ノイズとは、沈黙の形をした音楽である。” — 無署名のテープ・ノートより


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