
一見、関係のなさそうな両者
文:mmr|テーマ:近年のファッションショーと、ノイズミュージックとの親和性
ノイズミュージックといえば、地下ライブハウス、汗とフィードバック音、過激なパフォーマンス。対してハイブランドは、パリ・ミラノ・東京のランウェイ、光沢あるテキスタイル、洗練の極み。 「両者が交わることはない」と思われがちだ。 しかし、近年のファッションショーを観察すると、両者はむしろ驚くほど親密な関係を築いている。
ファッションショーとノイズの親密さ
1990年代以降、ハイブランドのショーではロックやクラシックだけでなく、ノイズ/インダストリアルが積極的に導入されてきた。
Balenciaga は、廃墟のような空間でインダストリアル・ノイズを轟かせ、衣服と空間を「攻撃的な美」として提示した。
COMME des GARÇONS の川久保玲は、80年代から実験音楽に惹かれ、反復や不協和をファッションに重ね合わせた。
Yohji Yamamoto は、ショーにおいて静謐なクラシックと轟音ノイズを交互に流し、衣服の「余白」と「過剰」を音響的に可視化した。
ノイズは「調和の否定」を通じて、ファッションの持つ既存の美の解体を強調する装置となる。
逆説的な親和性 — 反商業がブランド価値になる
ノイズはそもそも、資本主義や商業音楽に対するアンチテーゼとして発展してきた。Merzbowや非常階段が体現したのは「音楽産業の枠外」である。 しかし、皮肉なことにその「反商業」的姿勢こそが、ブランドにとっては魅力的な毒となる。
ヴィヴィアン・ウエストウッドがパンクを資本主義に組み込んだように、ノイズもまた「ブランドが差別化を図るための異物」として利用される。つまり、反逆がラグジュアリーの栄養源に転化するのである。
逸話と具体的エピソード
非常階段(Hijokaidan)の映像は、ヨーロッパのファッションブランドのビジュアル演出素材として使用され、「カオスと洗練の共存」を強調した。
GUCCI はキャンペーン映像にインダストリアルなノイズを混在させ、クラシックとの衝突を意図的に演出した。
Rick Owens は2010年代のショーでドローン的なノイズを導入し、観客を「不快な没入」へと誘導した。
山本耀司 はインタビューで「衣服には沈黙が必要だが、時にそれを破壊する轟音が役に立つ」と語っている。
現代的意義 — 不安定さを演出するためのノイズ
21世紀のファッションは「大量消費」「高速循環」というリスクを抱えている。 そこでノイズは、均質化へのカウンターとして「不安定さ」「唯一無二」を強調する。 轟音や雑音は観客に不快さと覚醒を与え、ブランドが「挑発者」であることを証明する。
ブランドとノイズ/実験音楽の事例表
ブランド | 使用された音楽/アーティスト | 演出の特徴 |
---|---|---|
COMME des GARÇONS | ドローン、ノイズ、ミニマル | 不協和による「美の解体」 |
Yohji Yamamoto | 灰野敬二に触発されたドローン的即興 | 静と轟音の対比 |
Balenciaga | インダストリアル・ノイズ、環境音 | 戦争や崩壊を想起させる演出 |
Rick Owens | ドローンノイズ、低周波サウンド | 儀式的な没入体験 |
Gucci | クラシック+電子ノイズ | 豪奢と異物感の衝突 |
Vivienne Westwood | パンク〜ノイズ的サウンド | 反体制的美学をブランド化 |
Prada | 環境音、ホワイトノイズ | 非日常の記号化 |
Alexander McQueen | クラシック+電子ノイズ | 美の崩壊を象徴する演出 |
各ブランドのノイズへのアプローチ
主要ブランドとノイズの深掘り事例
川久保玲が追求する「美の解体」とノイズの親和性。
ドローン、金属音、実験音楽をショーに導入。
関係アーティスト:Merzbow、灰野敬二、David Tudor、Alva Noto。
静寂と轟音のコントラストを舞台装置化。
灰野敬二やインプロヴィゼーションから影響。
関係アーティスト:灰野敬二、Keiji Haino関連即興ユニット。
デムナ期にインダストリアルノイズを全面導入。
泥のランウェイや廃墟空間で轟音を響かせる。
関係アーティスト:Throbbing Gristle、Whitehouse、Puce Mary。
ドローンノイズと低周波で「儀式的没入」を演出。
音響は観客の身体を直接揺さぶる。
関係アーティスト:Deathprod、Sunn O))), Nurse With Wound。
✦ Gucci
クラシックとノイズを衝突させ、豪奢さを逆照射。
アレッサンドロ・ミケーレ期に特に顕著。
関係アーティスト:Alessandro Cortini、Fennesz。
パンクをブランド化し、ノイズ的精神を先駆的に導入。
1970年代の反体制サウンドが基盤。
関係アーティスト:Sex Pistols(ジョニー・ロットン)、初期インダストリアル勢。
✦ Prada
2000年代から環境音・ホワイトノイズを導入。
都市雑音を「エレガンス」と融合。
関係アーティスト:Ryoji Ikeda、Oval。
美と死、秩序と崩壊をテーマに、クラシック+ノイズを多用。
2010年の遺作ショーにも電子ノイズが潜む。
関係アーティスト:Aphex Twin(ノイズ/アンビエント側面)、Chris Watson。
ニコラ・ジェスキエール期、ショーに実験音楽を導入。
都市的ノイズとエレクトロの融合。
関係アーティスト:Oneohtrix Point Never、Ben Frost。
✦ Dior
キム・ジョーンズ期にドローン的音楽を起用。
ノイズ/アンビエントをラグジュアリーな空間に変換。
関係アーティスト:William Basinski、Tim Hecker。
インダストリアルロックやノイズ要素を強調。
ブラックレザーと轟音の親和性。
関係アーティスト:Swans、Shellac。
ブランド × ノイズ/実験音楽アーティスト 対照表
ブランド | 起用・関連アーティスト | 演出の特徴 |
---|---|---|
COMME des GARÇONS | Merzbow、灰野敬二、Alva Noto | 不協和による美学の解体 |
Yohji Yamamoto | 灰野敬二、即興演奏家 | 静と轟音の対比 |
Balenciaga | Throbbing Gristle、Whitehouse、Puce Mary | 廃墟的空間と暴力的音響 |
Rick Owens | Sunn O)))、Deathprod、NWW | 儀式的没入体験 |
Gucci | Fennesz、Alessandro Cortini | 豪奢と異物感の衝突 |
Vivienne Westwood | Sex Pistols、初期インダストリアル勢 | 反体制と反美学の導入 |
Prada | Ryoji Ikeda、Oval | 都市雑音をエレガンスに変換 |
Alexander McQueen | Aphex Twin、Chris Watson | 美と死の崩壊的演出 |
Louis Vuitton | Oneohtrix Point Never、Ben Frost | 未来的・都市的な実験音 |
Dior | William Basinski、Tim Hecker | ドローンとラグジュアリーの融合 |
Saint Laurent | Swans、Shellac | 黒革と轟音の親和性 |
ノイズアーティストから見る「ファッションの音」
ノイズ/実験音楽の側からも、ハイブランドとの接点は重要だった。
Merzbow(日本のノイズ巨匠)…環境問題や反消費をテーマにしつつ、逆説的にラグジュアリーに取り込まれる。
灰野敬二…衣服同様「形式を解体する」即興演奏がデザイナーに響く。
Throbbing Gristle…インダストリアルの祖として、BalenciagaやRick Owensの美学に直結。
Ryoji Ikeda…データ音楽とミニマルがPradaのモダン性と共鳴。
Fennesz、Tim Hecker…美と崩壊の狭間にあるサウンドが、DiorやGucciに選ばれる。
Sunn O)))…ドローンの儀式性がRick Owensの世界観にフィット。
ブランド別ショー映像リンクと注目ポイント
| ブランド | 映像タイトル | 演出・音響ポイント | YouTubeリンク | | ——————— | ————————————————— | ———————————- | —————————————————— | | COMME des GARÇONS | COMME des GARÇONS FW25 “Small Is Stronger” | ショー全体の空気感、暗めの照明と音楽の重なりを読み解くのに適している | YouTube | | COMME des GARÇONS | Spring Summer 2024 | レイ・カワクボ期の実験性が現れるサウンド選定や展開に注目 | YouTube | | COMME des GARÇONS | Men’s SS2026 | 最新コレクションでの演出・空間音響化の傾向を把握しやすい | YouTube | | COMME des GARÇONS | FW2025/26 | 最新コレクションでの演出・空間音響化の傾向を把握しやすい | YouTube | | Prada | Fall Winter 2025/26 | ミラノ・ファッションウィークでの演出、照明と音響の同期性を観察可能 | YouTube | | その他(ブランドミックス) | Experience the Glamour – PRADA/GUCCI等 | 複数ブランドを横断する演出比較、音楽選曲の傾向を俯瞰するのに有用 | YouTube | | GUCCI | Glamorous Catwalk Music & Elegant Fashion Show | GUCCI ブランドの“音楽感”を確認する参考映像 | YouTube | | GUCCI | Glamorous Catwalk Music & Elegant Fashion Show(別映像) | 同テーマで別編集、音楽・時間構成を見る比較素材になる | YouTube |
COMME des GARÇONS / Gucci / Prada 「ショー/キャンペーンで実際に使われた(あるいは明確に関係が報じられた)ノイズ/実験系アーティスト/音響関係」の資料アーカイブ
COMME des GARÇONS — 実験音/ノイズを“ショー音楽”として取り込む伝統
ショー / 素材 | 起用・使用された音楽/アーティスト | 補足(注目点) | 参照 |
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Comme des Garçons SS15(「赤」などのコレクション回) | Sunn O)))、Earth(ドローン/ドローン・メタル)を含むドローン系音響 | Dazed の特集で「SS15のサウンドトラックにドローン系バンド(Sunn O))), Earth)が使われた」と報告。ショーの暗い美学と音が強く結びつく事例。 (Dazed) | (Dazed) |
Comme des Garçons(ファッションショー用に制作された音源) | Florian Hecker(ファッション用に楽曲を制作/12”リリースあり) | Hecker が Comme des Garçons のために数曲制作し、限定盤が Editions Mego から出ている旨の報道あり。ショー専用の“現代音響”作品。 (The Wire) | (The Wire) |
SS14/アーカイヴ・プレイリスト等 | ショー用プレイリスト(実験音〜環境音〜ノイズの混成) | Dazed のSoundCloud/プレイリスト等にショー用のサウンドコラージュがアップされている例。ショー音源の“検証”に便利。 (SoundCloud) | (SoundCloud) |
COMME des GARÇONS — FW25: “Smaller Is Stronger”(映像)
注目ポイント(短評)
- 会場の暗転とともに流れる低域のドローンが、黒のボリュームを「音」で増幅している(衣服と音の“質感同期”)。参照:公式映像。
Gucci — 大物プロデューサーと“混成”するサウンド演出(古典×現代)
ショー / 素材 | 起用・使用された音楽/アーティスト | 補足(注目点) | 参照 |
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Gucci (Sabato De Sarno デビューショー等) | Mark Ronson(ショー音楽プロデュース/ミックス) | Mark Ronson がGucciのショー音楽をプロデュース。クラシック〜現代ポップ/リミックスを混ぜ、ショーの物語性を作り上げた事例(記事で詳細インタビューあり)。 (Vogue) | (Vogue) |
Gucci キャンペーン/スペシャル映像(地域限定の音素材) | Alessandro Cortini × Daniel Avery(例:一部プロジェクトでの楽曲提供) | Cortini(Nine Inch Nails 関連)や同世代のエレクトロニック系がブランド映像に起用される事例が報じられている(中国向け企画などでの楽曲提供例あり)。※ブランドの全ショーがノイズ寄り、というわけではなく“演出の局所的選択”。 (Facebook) | (Facebook) |
GUCCI — Sabato De Sarno(サウンド:Mark Ronson)
注目ポイント
- Mark Ronson による“物語化された”サウンドデザイン。伝統曲のリミックスと現代声の使い分けで“時間軸”を作っている。参照:Vogueインタビュー(Mark Ronson × Gucci)。
Prada — 音響ディレクターとテクノ/ミニマルの接続点
ショー / 素材 | 起用・使用された音楽/アーティスト | 補足(注目点) | 参照 |
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Prada(Raf Simons × Miuccia / Raf 期など) | Richie Hawtin(Plastikman) | Raf Simons 就任期にRichie Hawtin がショー音楽を手掛けた事例。ミニマル/テクノがPradaの空気感に重ねられた重要なケース。 (Vogue) | (Vogue) |
Prada(サウンド・ディレクターの例) | Frédéric Sanchez(音響演出家) | Sanchez は長年にわたり Prada(および Dior、Comme des Garçons 等)と協働しており、ショーの“音像”を構築してきた。彼のインタビュー記事は、ブランドと音の密な協働を示す良資料。 (Vogue) | (Vogue) |
Prada — Plastikman(Richie Hawtin)によるショー音源(例)
音源(ストリーミング): Plastikman — “Inxtro”(Prada 2021 Runway Soundtracks) — edm.com
注目ポイント
- ミニマル・テクノの身体性をランウェイに転用。Frédéric Sanchez と並ぶサウンド設計の実例。
Balenciaga / Rick Owens / Alexander McQueen / Louis Vuitton / Dior(各映像+関係アーティスト)
ブランド | 代表映像(YouTube 等) | 起用・関係アーティスト(報道/クレジット) | |
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Balenciaga | Balenciaga Winter 2019 — YouTube ; Shows playlist — YouTube Playlist | サウンドデザイン:BFRND(ショー専用スコア)/インダストリアル系サウンドの採用事例 | |
Rick Owens | Rick Owens SS26 “TEMPLE” — YouTube ; FW25 等(多数) | ドローン/低周波的演出。ショー映像から没入的なノイズ演出が確認可能 | |
Alexander McQueen | AW 2020 Campaign — YouTube | キャンペーン曲に Daniel Avery & Alessandro Cortini 起用(曲 “At First Sight”) | |
Louis Vuitton | 各種ショー & Afterparty 記録(例のアーカイブ) — Daft Punk / Virgil Abloh のDJ関係など(複数) | かつて Daft Punk が LV に楽曲編集提供、また Dev Hynes (Blood Orange) をスコア起用した事例あり(Virgil Abloh期) | |
Dior | Dior(キャンペーン/ショー映像各種) | Frédéric Sanchez 等のサウンドデザイナーが関与する事例が多く、アンビエント/ドローン系の演出との接点あり |
まとめ
一見無縁に見える「ハイブランド」と「ノイズミュージック」。 だが両者は、美を解体し再構築する美学を共有している。 ノイズは、ラグジュアリーの虚飾を引き裂き、逆説的にそのブランド価値を強化する。 21世紀のランウェイにおいて轟音が鳴り響くのは、ブランドが「消費される存在」ではなく「挑発する存在」であることを示す証なのだ。