
オープンリール復活の予兆 — 物質としての音が再接続される
文:mmr|テーマ:磁気というアナログ技術が、デジタル以後の時代に何を語りうるのか——Rhino High Fidelityの復刻から見える“Reel to Real”の未来
2025年。Rhino High Fidelityがアナログ復刻シリーズの一環として発表したニュースが、オーディオ・カルチャー界隈をざわつかせた。
T. Rex『Electric Warrior』とYes『The Yes Album』——いずれも1971年に発売された名盤が、オープンリール・テープという形式で再リリースされるというのだ。
レコードが帰還し、カセットが蘇った。そして次に巻き戻されるのは、Reel to Reel(オープンリール)。
この動きは単なる懐古ではない。データの軽量化とストリーミングの普及が進む現代において、「物質としての音」を取り戻すムーブメントなのだ。
第1章 デジタル以後のアナログ — “失われた身体性”のリブート
SpotifyやApple Musicは、音を「即時に」「どこでも」聴ける世界を作った。
だがそこに触覚は存在しない。音はクラウド上の抽象的な波形に変わり、手触りを失った。
オープンリールは、その真逆を行く。
リスナーはリールを掛け替え、回転を見つめ、磁気の流れを“再生”する。
そこには時間を物理的に扱う行為がある。音は単なる再生データではなく、運動と摩擦を伴う現象へと戻る。
現代人が求めているのは、もしかするとこの「再生する身体」かもしれない。
オープンリールは、聴くことの再物質化を促すデバイスなのだ。
第2章 磁気のメディア論 — 記録とは何か?
テープの表面を顕微鏡で覗くと、そこには無数の磁性粒子が並んでいる。
音とは、電気信号を磁気の濃淡として並べた物理的パターンのこと。
0と1で構成されるデジタルとは異なり、ここには“連続的な世界”が存在する。
オープンリールが描き出すのは、音のデータではなく、音の記憶である。
それは「正確さ」よりも「生々しさ」を優先するテクノロジーだ。
帯磁したテープは、演奏の空気・空間の湿度・エンジニアの意図までも含んでしまう。
いわば、音を媒介する“物質的時間装置”である。
デジタルの無限複製に対し、オープンリールの磁気は劣化し、伸び、そして消える。
だがその“有限性”こそが、音を特別な出来事に変える。
第3章 アナログ復活の系譜と次の波
ここ20年で私たちは何度も「アナログの復権」を目撃してきた。
レコードはジャケットという「物体」を通じて視覚の儀式を蘇らせ、
カセットはDIY的精神とローファイの自由を取り戻した。
そして、オープンリールはそのさらに先を行く。
それは「音響の純粋形態」への回帰であり、録音という行為の源流そのもの。
ハードディスクでもクラウドでもなく、磁気という不可逆な物質に音を刻むという決意。
アナログ復活は、ノスタルジーの再演ではなく、
デジタルの飽和に対する人間的なカウンターカルチャーなのだ。
第4章 Rhino High Fidelityが提示したもの — 「高解像度のノスタルジア」
Rhinoの復刻は、1971年というアナログ録音の頂点を象徴する2作品を選んだ。
T. Rex『Electric Warrior』はグラムロックの金属的な熱、
Yes『The Yes Album』はプログレッシブ・ロックの音響空間。
それらをマスターテープに限りなく近いクオリティで再現する意図がある。
だが、ここで重要なのは“音質”ではない。
「High Fidelity」とは、“高忠実度”であると同時に、現実(Reality)への忠実さでもある。
デジタル化の波で削ぎ落とされたノイズや歪みは、
実は音楽が持っていた人間的な不完全さの証拠だった。
Rhinoの試みは、「完璧な再生」から「誠実な再現」への転換を意味している。
それは、“音を消費する”のではなく“音を信じる”行為なのだ。
第5章 Reelism 2025:新しいアナログ・カルチャーの胎動
オープンリールは今、静かなアップデートを遂げている。
Recording The MastersやATR Magneticsといった企業がテープ製造を再開し、
若いエンジニアやアーティストが“Reel文化”を再構築している。
アンビエントや実験音楽の領域では、
オープンリールが「プロセスを見せるメディア」として再評価されている。
音をカット&ペーストするのではなく、
実際にテープを切り、繋ぎ、手で編集する。
そのアナログ的な操作が、逆説的にデジタル世代の創造性を刺激する。
オープンリールは今や“ヴィンテージ”ではなく、
“ハッカー的アナログ”=ポスト・デジタルの象徴になりつつある。
第6章 Reel to Mind — アナログが拡張する知覚の未来
オープンリールを聴くことは、時間を巻き戻すことではない。
むしろ、時間を再構築する行為だ。
再生とともにテープは減り、音は有限の中で鳴り続ける。
その有限性が、聴く者に集中と没入を促す。
ストリーミングの無限ループが「ながら聴き」を生んだように、
リールの有限な時間は「聴くという集中力」を取り戻す。
アナログはもはやレトロではない。
それは、テクノロジーが人間の感覚を拡張するもう一つの方法なのだ。
終章 磁気の記憶はどこへ行くのか
磁気の帯に刻まれた音は、過去の記録ではなく未来への物質的メッセージだ。
デジタルが“データ”としての記憶を支配する中で、
オープンリールは“物質”としての記憶を再び取り戻そうとしている。
Rhino High Fidelityの復刻は、その象徴的な第一歩にすぎない。
音が再び重力を持つとき、私たちは「聴く」という行為の意味を思い出すだろう。
Reelはもう一度、未来を記録するために回り始めている。
付録A:年表 — オープンリール再生の軌跡
付録B:オープンリール復刻ラインナップ
Rhinoの販売先リンク-RHINO HIGH FIDELITY
アーティスト | タイトル | 年 | リンク |
---|---|---|---|
T. Rex | Electric Warrior | 1971 | Amazon |
Yes | The Yes Album | 1971 | Amazon |
「Reel to Reelは、Reel to Real(現実)である。」 — 無名のエンジニア、1971年の録音メモより