【コラム】 Zeni Geva ─ 日本実験ノイズロックの極点としての30年史

Column Experimental Hardcore Noise Underground
【コラム】 Zeni Geva ─ 日本実験ノイズロックの極点としての30年史

イントロダクション

文:mmr|テーマ:暴力性・精密性・構造美が交錯するサウンドの変遷を読み解く

Zeni Geva(ゼニゲバ)は、日本の実験ノイズロック/ハードコアの歴史において、極めて特異な位置を占めるバンドである。1987年に結成されて以来、そのサウンドは一貫して暴力的でありながら、同時に驚くほど構築的で、精密に計算された数学的リズムを内包する。リーダーである KK Null(Kazuyuki Kishino) が持つ広範な音響哲学は、バンドの核を成し続け、国内外のアンダーグラウンド・シーンに強烈な影響を与えてきた。

彼らの音楽には、ノイズ、金属的ギター、破壊的ドラム、反復構造、そして電子音響的テクスチャが多層的に積層する。1990年代から現在まで断続的に活動を継続してきた Zeni Geva の歩みは、日本のノイズ文化と海外アンダーグラウンドの結節点として極めて重要だ。


1. 結成期(1987–1990):暴力と構造の原点

Zeni Geva の結成は 1987年。中心人物は KK Null。彼は YBO2 など前身活動ですでに実験性の高い音楽性を確立しており、ノイズ/ハードコア/前衛音楽の横断的な知識を持つ人物だった。

初期メンバー

  • KK Null(Vo/Gt)
  • Fumiyoshi “NP” Suzuki(Gt)
  • Ikuo Taketani(Dr)
  • Elle(Vo)

バンド名は「Zeni(銭)」と、ドイツ語の「Gewalt(暴力)」の語感が由来とされ、“Money Violence”=貨幣と暴力 という社会的な概念が埋め込まれている。

初期作品

  • How to Kill(1987)
  • Vast Impotenz(1988/Cassette)

初期作品では、ノイズロックとハードコアを基軸としながら、後に特徴となる 反復構造・破壊的リフ・数学的変拍子 の萌芽が既に見られる。

1988年には 田畑満(Mitsuru Tabata) が加入し、ギターの質量は一段と増した。以後、田畑は長期にわたって Zeni Geva の音の柱を担う。


2. 飛躍(1991–1995):アルビニとの出会いと国際的評価

1991年、Zeni Gevaは大きな転機を迎える。それはアメリカのエンジニア/プロデューサー Steve Albini との協働である。アルビニはその録音哲学によって、生々しく、空間の空気をそのまま刻むレコーディング手法で知られる。

『Total Castration(1991)』

アルビニ録音による初のフルレンス作。
Zeni Geva の暴力性と、アルビニの乾いたダイレクトな音響が完璧に噛み合い、海外で強い評価を獲得した。

『Desire for Agony(1993)』

  • アメリカのレーベル Alternative Tentacles(Jello Biafra 主宰)からリリース
  • 海外ツアーが本格化
  • 同時期に EP やシングルを多数発表(Nai-Ha、Disgraceland など)

ライブ活動の拡大

1992年頃からアメリカ・ヨーロッパのライブを精力的に行い、イギリスの John Peel セッションにも登場。Peel が Zeni Geva の音楽性を高評価したことで、国際的知名度がさらに上昇する。

『Freedom Bondage(1995)』

再びアルビニを迎えて制作された重要作。
音響・構造・暴力性が最もバランスよく統合されたアルバムとされる。


3. 実験の深化(1996–2001):長尺化、電子化、構造美の追求

1996年にはドラマーの入れ替わりが起こり、Blake Fleming が短期間在籍。その後、藤掛正隆(Masataka Fujikake)が加入し、Zeni Geva のリズムはより複雑・高速・多層化した。

構造的音楽性の強化

この時期、Zeni Geva の曲は長尺化し、16分を超える曲を含む構造的な作品が増える。

  • 複数のパートが分岐しながら再収束する
  • ギター2本による対位法的リフ
  • Nulltron など電子装置の使用拡大

『10,000 Light Years(2001)』

  • 電子的テクスチャの増加
  • ノイズ/金属質ギター/変拍子/電子音が重層的に絡む
  • 1980〜90年代期とは異なる、音響彫刻としての Zeni Geva

バンドはこの時期に音楽的成熟を極めるが、同時に Null のソロ活動や他プロジェクトが増え、バンドとしてのリリース間隔は空いていく。


4. 休止と再起(2002–2009)

2002〜2004年には海外ライブを収めた作品がリリースされるが、バンドとしての活動は停滞する。

  • Last Nanosecond – Live in Geneva 2002(2004)
  • メンバーは各自の活動へ
  • KK Null はノイズ/電子音響/コラボレーションで世界的に活動を拡張

2009年:再結成

長い停滞の後、吉田達也(Ruins)の再加入を機に、本格的な再結成が行われる。
Zeni Geva にとって吉田の加入は、再び強烈なインパクトをもたらした。


5. 第二期 Zeni Geva(2010–):再評価と世界的再注目

『Alive and Rising(2010)』

  • 2009年のラインナップによるライブ音源
  • 吉田達也の変態的ドラム、Null & Tabata のギター対峙が圧巻

以降、アジア・ヨーロッパでのライブ活動が再始動。
ノイズ/メタル/ハードコア/前衛音楽シーンからの再注目が高まり、Zeni Geva はその歴史的価値を改めて評価されている。


6. Zeni Geva の音楽分析

6-1. リフ構造の特徴

  • 低音リフの反復
  • 対位法的に絡む2本のギター
  • 途中で突然折れる構造、カットアップ的転調
  • 非4/4拍の執拗なループ

6-2. ドラムの役割

  • 初期はハードコア寄り
  • 90年代は数学的・ポリリズム化
  • 吉田達也加入後は激烈かつ変拍子的アプローチ

6-3. テーマ性

  • 「貨幣」「暴力」「支配」「身体」「解体」など
  • リリックは抽象的、象徴的

6-4. プロダクション

  • Steve Albini による録音作品群は、Zeni Geva の代表的音響美
  • 生々しいダイナミクスとギターの金属的倍音が際立つ
  • 後期は Nulltron などデバイス導入で電子音響が増大

7. 日本アンダーグラウンド史での位置づけ

Zeni Geva は「ノイズ × ハードコア × メタル × 実験音楽」という組み合わせを、日本でほぼ唯一無二の形で成立させたバンドである。

  • 1980年代ノイズ文化(非常階段、Merzbow、YBO2)
  • 1990年代の国際的ノイズムーブメント
  • 2000年代以降の実験音響・エレクトロアコースティック

これらを横断する存在として、国内外双方で評価され続けている。


年表(Zeni Geva 主要年表)

出来事
1987 Zeni Geva 結成。How to Kill 発表。
1988 Vast Impotenz(Cassette)。田畑満が加入。
1990 Maximum Money Monster 発表。
1991 Total Castration(Albini録音)。海外ツアー開始。
1992 Live in America を発表。
1993 Desire for Agony(Alternative Tentacles)。
1995 Freedom Bondage(Albini録音)。
1996 ドラマー脱退・交代。Blake Fleming → 藤掛正隆。
2001 10,000 Light Years 発表。
2004 Last Nanosecond(Live 2002)発表。
2009 吉田達也が再加入し再結成。
2010 Alive and Rising(2009 Live)発表。

ディスコグラフィ+時代区分チャート

flowchart TD A["1987 結成
How to Kill"] --> B["1990 Maximum Money Monster"] B --> C["1991 Total Castration
Albini録音"] C --> D["1993 Desire for Agony
Alternative Tentacles"] D --> E["1995 Freedom Bondage"] E --> F["2001 10,000 Light Years"] F --> G["2004 Last Nanosecond (Live 2002)"] G --> H["2009 再結成"] H --> I["2010 Alive and Rising"]

結語

Zeni Geva の歴史は、 「暴力」×「構造」×「実験」 の三要素が、30年以上にわたって交互に、あるいは同時に膨張し続けた軌跡である。

商業性とは無縁のまま、しかし世界のアンダーグラウンド・ミュージックから確固たる評価を獲得し続けている稀有な存在。それが Zeni Geva であり、その中心には常に KK Null の音響思想があった。

今なお彼らの音楽は古びず、むしろ現代のノイズ/メタル/実験音楽の枠組みを先取りしていたことさえ明らかである。 本稿が、Zeni Geva を再発見するきっかけとなれば幸いである。


Monumental Movement Records

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