【コラム】 Psychic TV:音楽と儀式、思想を横断したマルチメディア集団の全史

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【コラム】 Psychic TV:音楽と儀式、思想を横断したマルチメディア集団の全史

1. はじめに

文:mmr|テーマ:Psychic TV の結成から終焉までの歴史、思想、音楽性、ライブ活動、儀式性、そして後世への影響について

1981年にイギリスで結成された Psychic TV は、単なる音楽バンドに留まらず、音楽、映像、パフォーマンス、オカルティズムを統合した総合的な芸術集団である。Genesis Breyer P‑Orridge を中心に、彼/彼女の思想とヴィジョンを軸として構築された Psychic TV の活動は、工業音楽、サイケデリック、アシッド・ハウス、パフォーマンスアート、儀式文化を融合させ、1980年代から2000年代にかけてカウンターカルチャーの最前線を走り続けた。


2. 起源と背景

2.1 Genesis P‑Orridge と COUM Transmissions

Genesis Breyer P‑Orridge(1950–2020)は、イギリスの前衛芸術界において最も影響力のある人物の一人である。若年期から反文化的な活動に関わり、1970年代には COUM Transmissions というパフォーマンス集団を主導。COUM はフラックス主義に影響を受けたパフォーマンスアートを展開し、挑発的で政治的なテーマを芸術に取り入れた。

COUM Transmissions の活動を通じて、Genesis は視覚芸術、音楽、パフォーマンスの統合に強い関心を持つようになり、その後の活動の基盤を築く。彼はまた、Throbbing Gristle を結成し、産業音楽のパイオニアとして国際的に認知されることとなる。

2.2 Throbbing Gristle 解散と Psychic TV 結成

Throbbing Gristle は 1976 年に結成され、ノイズ、工業音楽、ゲリラ的なライブパフォーマンスによって、1970年代末の音楽界に衝撃を与えた。しかし 1981 年、グループは一度解散。その直後、Genesis は Peter Christopherson および Alex Fergusson とともに新たな音楽・芸術プロジェクトを始動させる。それが Psychic TV である。

Psychic TV は単なる音楽バンドではなく、音楽、映像、パフォーマンス、オカルティズムを統合する「マルチメディア・コレクティブ」として設計され、当初から実験性と挑発性を前面に押し出す構造を持っていた。


3. 初期時代(1981–1985)

3.1 メンバー構成と最初の作品

Psychic TV の初期メンバーは、Genesis P‑Orridge(ヴォーカル、作詞)、Peter Christopherson(映像、音響)、Alex Fergusson(ギター)で構成されていた。最初の楽曲「Just Drifting」は、Genesis の詩的なヴィジョンを反映し、バンドの音楽的出発点となった。

初期の音楽は、パンクの攻撃性、サイケデリックの自由度、そして実験的ノイズの融合で構成され、従来のジャンルの枠を超えた革新性が特徴であった。

3.2 ライブと映像芸術活動

Psychic TV はライブパフォーマンスにおいても革新的であった。多くのライブでは映像機材やマルチスクリーンを用い、観客に挑戦的で儀式的な体験を提供した。音楽だけでなく、映像や身体表現を通じて、ライブ自体を一種の儀式空間として再構築する試みがなされた。

3.3 Thee Temple ov Psychick Youth(T.O.P.Y.)の誕生

1981年、Psychic TV と並行して Thee Temple ov Psychick Youth(T.O.P.Y.) が設立された。T.O.P.Y. は、バンドの思想的・儀式的活動を支える組織であり、カオス・マジックを基盤にした精神性とコミュニティの探求を目的としていた。T.O.P.Y. は単なるファンクラブではなく、儀式、哲学、精神変容の実践を通じてメンバーや支持者を結びつける役割を担った。


4. 中期:成功と実験(1986–1991)

4.1 月刊ライブ・アルバムの企画

1986年、Psychic TV は毎月ライブ・アルバムをリリースするという野心的なプロジェクトを開始。最終的には 17 枚のアルバムがリリースされ、バンドは音楽活動の量的革新を示した。この大量リリースは、ファンコミュニティとバンドの関係を強化し、後の電子音楽・実験音楽のシーンにも影響を与えた。

4.2 音楽スタイルの変容

この中期には、従来の工業ノイズやパンクに加え、サイケデリック、ポップ、実験音楽など多彩な要素が取り入れられ、音楽スタイルが大きく変容した。ライブやアルバムでは、音楽、映像、パフォーマンスが密接に結びつき、聴覚と視覚、精神性を一体化させる芸術性が際立った。

4.3 マジック、カオス・マジック、思想の深化

T.O.P.Y. を通じたカオス・マジックやオカルティズムの実践は、この時期に最も深化した。Genesis P‑Orridge は、マジックや儀式を通じて自己変容とコミュニティ形成を追求し、バンド活動と思想的実践を不可分に結びつけた。


5. 転機と試練(1992–1999)

5.1 スキャンダルと自己亡命

1992年、Psychic TV は放送局の報道番組によるスキャンダルの対象となり、儀式的虐待の疑惑が取り上げられた。この騒動により、警察による捜査が行われ、Genesis は自己亡命を余儀なくされ、イギリスを離れてアメリカに移住した。

5.2 アメリカ移住と活動の変化

アメリカ移住後、Genesis は創作活動の焦点を変えつつも、PTV の精神性や実験性を維持した。新たな協力者やメンバーとのコラボレーションが増え、音楽や儀式的パフォーマンスの幅が拡大した。

5.3 解散とサイド・プロジェクト

1999年、Psychic TV は正式に解散したが、Genesis は Thee Majesty というプロジェクトを開始。これはより言語・詩・スピーチを中心にした表現活動であり、PTV の精神的遺産を継承したものであった。


6. 復活と後期(2003–2020)

6.1 PTV3 と新ラインナップ

2003年、PTV3 として再結成された Psychic TV は、Edley ODowd など新たなメンバーを迎え、映像・音響・パフォーマンスを統合した活動を再開した。

6.2 アルバムと概念作品

後期アルバムには『Hell Is Invisible… Heaven Is Her/e』や『Mr. Alien Brain vs. The Skinwalkers』、『Alienist』があり、以前の実験性を継承しながらも構造化された概念を提示した。

6.3 最終年と Genesis の死去

2017年、Genesis は慢性骨髄性白血病を公表し、その後ツアー活動を縮小。2020年3月14日、70歳で死去し、Psychic TV の活動は終焉を迎えた。


7. 影響と遺産

  • アシッド・ハウスや実験音楽への影響
  • カオス・マジックの普及
  • ジェンダー、身体変容、パンロジニー実験の文化的意義
  • 現代アーティストやバンドへの影響

8. 年表

timeline 1950 : Genesis P-Orridge誕生 1970s : COUM Transmissions活動 1976 : Throbbing Gristle結成 1981 : Psychic TV結成、T.O.P.Y.設立 1984 : アルバム「Pagan Day」リリース 1986 : 月刊ライブ・アルバム企画開始 1988 : アシッド・ハウス偽コンピ「Jack the Tab」など 1992 : スキャンダル・アメリカ移住 1999 : Psychic TV解散 2003 : PTV3再結成 2016 : アルバム「Alienist」リリース 2017 : 白血病診断公表 2020 : Genesis P-Orridge死去

9. 系譜図

graph LR TG["Throbbing Gristle"] --> PTV["Psychic TV"] PTV --> PTV3["PTV3"] PTV --> TM["Thee Majesty"] PTV --> TOPY["T.O.P.Y."]

10. 結論

Psychic TV は音楽、儀式、思想を横断する総合的運動であった。彼らの活動は単なる音楽を超え、マジック、映像、身体、精神性、コミュニティの探求を提示。Genesis P‑Orridge のヴィジョンは、ジャンルの枠を破壊し、未来の表現形態を先取りするものであり、その影響は現代の実験音楽・カウンターカルチャーに深く刻まれている。


Monumental Movement Records

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