序章:破壊と再構築の1979–80年ロンドン
文:mmr|テーマ:On-U Sound を象徴した“混成チーム”の全史と遺した革新について
1970年代末のロンドンは、パンクの爆発が一段落しながらも、社会は失業、分断、ストライキ、移民差別といった亀裂を多数抱えていた。シーンは荒れ果てた土地のように見えたが、その裂け目こそが音楽の温床になった。 パンク後のアーティストたちは、ロックの形式から飛び出し、ダブ、レゲエ、アフリカン・パーカッション、ノイズ、電子音、DIY録音技術へと急速に飛び込んでいった。
まさにこの複雑な時代に、Adrian Sherwood(エイドリアン・シャーウッド)という1人の若きプロデューサーが立ち、後に On-U Sound として知られる一大ネットワークを形成し始める。 そして、その最初期の「象徴」にして「思想そのもの」が、他ならぬ New Age Steppers だった。
第1章 New Age Steppersとは何者だったのか?
New Age Steppers(以下NAS)は、通常の「バンド」ではない。 アルバムごとにメンバーが流動し、ポストパンク系とレゲエ系のミュージシャンが混成するスタイルは、当時としてはほとんど前例がなかった。
核となった人物
- Adrian Sherwood:プロデューサー/On-U Sound主宰
- Ari Up(The Slits):ヴォーカル
- Mark Stewart(The Pop Group):ヴォーカル
- George ‘Bingy Bunny’ Valentine(Roots Radics):ギター
- Style Scott(Roots Radics):ドラム
- Bruce Smith(The Pop Group):ドラム
- Steve Beresford、Dan Shears、Eskimo Fox ほか多数
この構造は「レゲエのセッション文化」と「ポストパンクの実験主義」が合流した結果生まれた。 つまりNew Age Steppersとは、
“ジャンルの交差点としての音楽体=混成プロジェクト”
であり、固定されたアイデンティティよりも変動性と接触を重要視した存在だった。
第2章 Adrian SherwoodとOn-U Soundの形成
シャーウッドは1970年代からレゲエのレーベルやディストリビューションに関わり、ジャマイカ人ミュージシャンと深い繋がりを築いていた。 同時に、The SlitsやThe Pop Group、The Fall、Alternative TVといったポストパンク勢とも交流を持ち、両者が抱える「既存の音楽体制への不信感」を直感的に理解していた。
1979年、彼は自らの実験を最大化するため On-U Sound を始動する。 NASは、その最初期の象徴であり、“On-U Sound=越境的でDIYなサウンド研究所”という印象を決定づけた。
第3章 サウンドの革新:ポストパンク × ダブという融合
● ポストパンクの攻撃性
- 荒削りで、ミニマリズム
- ロックの構造を破壊
- ノイズ、即興性、政治性
● ジャマイカン・ダブの方法
- リズム中心
- 空間処理(エコー/ディレイ)
- トラックの“解体と再編集”
NASの録音は、シャーウッドによる卓上ダブミックスが核心であり、演奏した音をそのまま使わず、録音後に再配置し空間処理することで新たな生命を与えていた。 特に、Roots Radics勢のタイトなグルーヴと、ポストパンク側の粗暴で野性的なエネルギーが“揺れと緊張”を作り出す。
この融合は当時の英国にとっても衝撃的だった。 なぜなら、ロンドンにおけるジャマイカ移民コミュニティと白人パンク/アバンギャルド勢の間には深い文化的溝があり、直接交わる音楽プロジェクトは極めて少なかったからである。
NASは、その溝を跨ぎ、共作の場を作り出した初期の例として記録される。
第4章 Ari Upと“声という武器”
NASの顔と言えるのが、The Slitsのメンバーであった Ari Up である。 彼女のヴォーカルは、ジャマイカのトースティング、ポストパンク的な叫び、少女のような奔放さが混ざり、他に類を見ない存在感を帯びていた。
Ariは10代からレゲエに深く傾倒しており、NASへの参加は自然な流れだった。 彼女の声はしばしば原初的で、揺れ、破れ、裂け、踊る。それは“社会に対する抵抗のエネルギー”として作品全体に流れ込む。
カバー曲 “Fade Away” のヴァージョンは、ポストパンク史の中でも強烈な再解釈として知られている。
第5章 アルバムごとの変遷(1981–2012)
■ 『New Age Steppers』(1981)
NASの精神を最も象徴するデビュー作。 Ari Upの存在感、Roots Radicsの演奏、シャーウッドの卓上ダブが一体となり、混成音楽のスタンダードを提示した。
代表曲
- Fade Away
- My Love
- Love Forever
■ 『Action Battlefield』(1981)
より攻撃的で、ポストパンク色が濃い。 Mark Stewartの参加により、アジテーション性が強化された。
■ 『Foundation Steppers』(1983)
NASとしては最も“レゲエ的”であり、安定したグルーヴ感が増す。 社会政治的テーマも色濃く出る作品。
■ 『Love Forever』(2012)
Ari Upの死後、シャーウッドが未発表録音などをまとめて発表した追悼作。 Ariの最後期のエネルギーを閉じ込めた非常に重要なドキュメント。
第6章 音楽史における位置:なぜNew Age Steppersは重要なのか?
1. ジャンル越境の先駆的プロジェクト
ポストパンクとダブを同じテーブルに置き、「実験」を中心に据える構造はNASが先頭を切った。
2. On-U Soundの核
NASがなければ、African Head Charge、Dub Syndicate、Tackhead など後続のOn-Uプロジェクトは生まれていなかった。
3. “混成メンバー制”という概念の普及
音楽をバンドの固定メンバーやジャンルに縛らない“コレクティブ思想”は、後のBristolシーン、Trip Hop、世界のアンダーグラウンドに継承された。
4. 越境文化の象徴
移民コミュニティと白人ポストパンク勢の実際的なコラボレーションという点でも、英国文化史において象徴的である。
第7章 録音技術とスタジオ美学
シャーウッドのスタジオ手法は、 “録音後に作品の約半分が作られる” というほどダブ的で、エンジニアリングそのものが作曲行為だった。
主要技術
- Roland Space Echo
- Spring Reverb
- 4トラック〜8トラックのアナログ処理
- ドラム/ベースの分離強調
- ライブ録音素材の切り貼り
- フェーダー操作をパフォーマンス化するダブ手法
こうした美学は現在のエレクトロニック・ミュージック/アンビエント/ベース・ミュージックにも続く。
第8章 社会的・文化的背景:UK移民史との接点
NASは音楽的プロジェクトにとどまらず、1970–80年代UKで深刻化していた
- 若年失業
- 移民差別
- スキンヘッドの暴力
- Brixton暴動
- 公共サービスの削減
といった社会問題を背景に持つ。
Ari Upはジャマイカ移民コミュニティと長く交流し、Mark Stewartは反資本主義的な姿勢を取っていた。 NASは直接政治的な歌詞を掲げなくとも、多文化社会の“実験としての音楽制作”自体が政治的実践だった。
第9章 消散と影響の拡大
1983年の『Foundation Steppers』以降、NAS名義の作品は途絶える。 しかしその影響は広範囲に広がった。
● 影響を受けた領域
- BristolのMassive Attack、Tricky、Smith & Mighty
- UK Dub、Digital Dub
- Experimental / Post-Industrial
- Alternative Dance
- DIYレーベル文化
“ジャンル横断”を当たり前にした点で、NASは極めて現代的なモデルと言える。
第10章 再評価とAri Upの死(2010)
Ari Upは2010年に死去する。 シャーウッドは深い衝撃を受け、未発表テイクや過去録音を整理し、2012年『Love Forever』として世に送り出した。
この作品は、NASの歴史を締め括るだけでなく、Ariの存在の大きさを再確認するものとなった。
第11章 New Age Steppersの遺した“思想”
NASが根底に置いたのは、 “音楽を国籍・ジャンルの線で分けない” という思想である。
そしてこの思想は
- 多文化共生
- 反権威主義
- DIY精神
- コラボレーションの倫理 の形で現在にも深く生きている。
21世紀の音楽家たちが日常的に行っている“ジャンルをまたぐ創作”のプロトタイプは、NASが実施したものと驚くほど近い。
年表
1979 Adrian Sherwood、On-U Sound発足準備を開始
1980 New Age Steppersの録音開始(Ari Up、Mark Stewart、Roots Radics勢が参加)
1981 『New Age Steppers』リリース
1981 『Action Battlefield』リリース
1983 『Foundation Steppers』リリース
1984〜2000 NASとしての活動は実質休止
2010 Ari Up死去
2012 『Love Forever』リリース(未発表音源を含む追悼作)
New Age Steppersの構造マップ
Producer] --> B[Ari Up
The Slits] A --> C[Mark Stewart
The Pop Group] A --> D[Roots Radics
Session Musicians] D --> D1[Style Scott
Drums] D --> D2[Bingy Bunny
Guitar] B --> E[New Age Steppers
1981-2012] C --> E D1 --> E D2 --> E E --> F[On-U Sound
Experimental Dub] F --> G[African Head Charge] F --> H[Dub Syndicate] F --> I[Tackhead]
結語:New Age Steppersは“現在”の音楽である
40年以上前の作品でありながら、New Age Steppersの音は今聴いても新しい。 インターネット以後の音楽制作の前提である
- 国境を越えたコラボ
- ジャンルのハイブリッド化
- 制作とエンジニアリングの融合
- DIYスタジオ文化
これらを1980年代初頭に先取りしたNASは、現代音楽のプロトタイプともいえる。
彼らが残したサウンドは激しく、粗く、揺れ、跳ね、時に破壊的だが、その本質は自由であることだった。 その自由は今も、On-U Soundの作品や、世界中のアンダーグラウンドシーンに脈々と受け継がれている。