ロンドン実験ロックの新星、その軌跡と音楽性
文:mmr|テーマ:彼らの結成から主な作品、国内外での評価、そして後続バンドや文化に与えた影響について
ロンドンで 2017 年に結成された若きロック/実験音楽バンド Black Midi。彼らはデビューからわずか数年で、従来のロックやポストパンクの枠を超えた大胆なサウンド、圧倒的な演奏力、予測不能なライブ構成で、世界のインディ・ロック界に衝撃を与えた。
1. Black Midi — 基本情報と活動概要
- バンド名:Black Midi(表記は小文字)
- 出身地:イギリス・ロンドン
- 結成:2017年
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現在の主なメンバー:Geordie Greep(ギター/ボーカルほか)、Cameron Picton(ベース/ボーカルほか)、Morgan Simpson(ドラム)
- サポート/ツアー参加メンバー(時期による):キーボード奏者やサックス奏者など(例:キーボード奏者 Seth Evans、サックス奏者 Kaidi Akinnibi)
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音楽性・ジャンル:マスロック(math rock)、プログレッシブ・ロック、ポストパンク、ノイズ、avant‑jazz など多岐にわたる実験性を持つ。即興性、構造の複雑性、ジャンル混交が特徴。
- バンド名の由来:彼ら自身は、日本発祥のインターネット文化/音楽ジャンルである “Black Midi”(多数のMIDI音符で“黒く”埋められた譜面)からバンド名を取った。ただし、サウンド的な直接の関連はなく、あくまで名前の参照にとどまる。
Black Midi は、ロンドン南部のライブハウスやインディー/アンダーグラウンド・シーンからはじまり、若年ながら卓越した技術と実験性を武器に、2019 年のデビュー以降急速に注目を集めた。
2. 主な作品と音楽的進化
Black Midi のディスコグラフィーと、それぞれの作品の特徴を簡潔にたどる。
| 年 | 作品名・形式 | 特徴・概要(視認性向上版) |
|---|---|---|
| 2018 | シングル 「bmbmbm」 他 | Speedy Wunderground からの初リリース。 ここからバンドとしての公式活動が本格化。強烈なミニマル性と反復のノイズ美学が早期の特徴として表出。 |
| 2019 | 1st アルバム『Schlagenheim』 | プロデュース:Dan Carey。わずか数日で録音。 ライブ的エネルギーを維持しながら、シンセ、オルガン、バンジョー、ドラムマシンなど多様な音色を導入。 批評的評価:UKチャートTop50入り、Mercury Prizeノミネート。 荒削りながら密度の高い構築性で“2010年代末の最重要デビュー作”と評される。 |
| 2021 | 2nd アルバム『Cavalcade』 | 前作より明確に構成的・室内楽的アプローチが拡張。 サックス、ヴィオラ、キーボードなどを加え、ジャズ、プログレ、ポストパンク、現代音楽などの語彙を統合。 代表曲「John L」では、混沌構造+カルト寓話+演劇性が結合し、バンドの“狂騒と精密の両立”がピークに。 |
| 2022 | 3rd アルバム『Hellfire』 | 物語性・キャラクター性・寓意がさらに強化された最も“劇場的”作品。 ノイズ、変拍子、バロック的展開、カバレ風の語りなどを混合。 曲ごとに舞台が異なるような構造で、ブラックユーモアや戦争寓話、罪と救済のテーマも。 この時期以降の特徴:スタジオ作品とライブでの再解釈の差異を積極的に作る方針が定着。 |
| 2022 | ライブ盤『Live Fire』 | ポルトガルでのフェス録音。 『Hellfire』期の楽曲をライブで再構築し、即興性と演奏の熱を強調。 スタジオ版と異なる解釈を多く含み、“ライブバンドとしての Black Midi”を決定づけた作品。 |
これらの作品を通じて、Black Midi は“即興から構築へ”、“ノイズから構造へ”、“ライブ混沌からスタジオの緻密さへ”という進化を遂げてきた。
3. 批評・メディアの反応の歴史
Black Midi に対する国内外の批評やメディア、ファンの反応を、その変遷とともに整理する。
3‑1. デビュー期 — 衝撃と新鮮な高評価
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デビュー・アルバム Schlagenheim は、多くの批評家から「予測不能」「エッジの効いたサウンド」「既存のロック/ポストパンクの枠をぶち破る」として高く評価された。特にドラムのテクニック(Morgan Simpson)への賛辞が多く、「この若さでこの演奏力は異常」「若き才能の台頭」とされていた。
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日本のメディアでも注目され、彼らのデビューは「2019年もっとも注目すべき海外バンド」「今年のベスト・アルバム候補」として紹介された。日本のリスナー・ライターの中には、彼らのサウンドが“ゲーム”、和ジャズ、オルタナ、ノイズなどと呼応すると論じる者もあり、従来の洋楽ロックファンだけでなく、サブカルチャー/オルタナ系のリスナーにも受け入れられた。
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黒楽譜ジャンル “Black Midi” からの命名という出自も、日本との思わぬ文化的接点として話題になり、「日本文化/ネット文化へのリファレンスを持つ英国若手バンド」という立ち位置が、国内での関心をより強めた。
このように、デビュー期の Black Midi は“鮮烈な新星”“実験と衝動の若手ロック”として、欧米・日本双方のメディア、リスナーから熱い注目を集めた。
3‑2. 成長期(Cavalcade, Hellfire)— 拡張への賛辞と難解性への賛否
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2nd アルバム Cavalcade リリース後、批評家からは「より構成的で野心的」「ジャズ、プログレ、実験音楽など多ジャンルを飲み込んだ狂気の迷宮」「若手がこれだけ変化・拡張できるのは稀」といった評価が多かった。特にサックス、キーボード、ストリングスなどを交えた拡張編成と、その多彩な楽曲展開への称賛が目立つ。
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一方で「音が濃すぎる」「ノイズと構造性のバランスが難解」「ライブ的な即興の自由さよりも“作り込みすぎ”という印象がある」という指摘もあった。ある批評では、Cavalcade の豪華さと構成性を高く評価しつつも、デビュー作特有の“生の危うさ”や“即興の衝動”が薄れたと感じる向きもあった。
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さらに 3rd アルバム Hellfire に関しては、「過去最高に実験的かつ演劇的」「物語性・寓意・キャラクターを伴う曲群」「聴く者を選ぶが、その分強烈なインパクト」「“ロック”という枠の外に出たアート作品的作品」との賛辞があった。特に、Hellfire の構成とサウンドの過激さ、そして音楽の複層性への評価は高い。
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ただし同時に「構造が複雑すぎ、入口が狭い」「最初のインパクトに比べて“聴き込む”必要がある」「好き嫌いが分かれる作品」という指摘も根強く、Black Midi の楽曲は“万人向け”とは言いにくいという声も見られる。 つまり、Black Midi の成長期は、技術・構成・音楽性すべてを拡張しつつ、その過激さ、高度さゆえに「賛否を分けやすい」「聴き手を選ぶ」音楽としての地平を押し広げた時期だった。
3‑3. ライブと “演奏/即興” の価値 — ライブ盤と再評価
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2022年リリースのライブ盤 Live Fire は、スタジオ録音とは異なる形で、Black Midi の“ライブ・バンド”としての姿を捉えている。多くの曲が再構築され、即興や変化、演奏の熱量がリアルに伝わる内容。「録音+ライブ再解釈」というアプローチは、彼らの多面性と柔軟性を示すものとして受け止められた。
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また、ライブにおけるパフォーマンスや即興性、観客とのインタラクションは、彼らの魅力のひとつ。過激な演奏、変拍子、ノイズ、混沌──それらが常にライブごとに異なり、「一度見たから満足」ではなく、「何度も見たくなる」「次はどうなるか分からない」と観客を惹きつけた。これはメディア批評だけでなく、ファン/コミュニティの間でも高く評価され、ライブ体験が Black Midi の重要な側面と見なされるようになった。
4. Black Midi が与えた影響 — シーン、後続バンド、文化的波及
4‑1. “Windmill scene” の先導者として
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Black Midi は、ロンドン南部ブリクストンのライブハウスを拠点に、若手実験ロック/ポストパンク/アートロックを志向するバンド群のムーブメント “Windmill scene” の主要バンドと見なされてきた。彼らとともに、同シーンには複数の若手バンドが参加し、共に注目を集めた。
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彼らの成功は、このシーンにおける「商業/批評的な成功の可能性」を示した。つまり、インディー/アンダーグラウンド的実験性を持つ若手バンドでも、世界に通用する作品とキャリアを築ける、という道を切り開いた。これにより、Windmill scene およびそれに続くバンドたちにとって、ひとつの“成功モデル”となった。
4‑2. ジャンル混交、実験性、ライブ主義の再評価
- Black Midi の音楽は、マスロック、プログレ、ポストパンク、ノイズ、ジャズ/avant‑jazz、即興、カバレ/演劇的要素……と多岐にわたり、ジャンルを横断・混交する姿勢を徹底した。このアプローチは、従来の“ロックらしさ”“ジャンルらしさ”に縛られない、新しいロック/実験音楽の在り方を提示した。多くの後続バンドやアーティストにとって、ジャンルの境界を越えた混交/折衷/実験は「当たり前の選択肢」となりうるモデルとなった。
- また、スタジオ録音作品だけでなく、“ライブ”“即興”“再構築”“演奏のライブ性”を重視する黒 midi の姿勢は、若手バンドやインディー〜アンダーグラウンドのミュージシャンにとって新しい指針を示した。録音作品とライブとの間に厳密な線を引かず、どちらも等価に価値があるという考えは、21世紀的なバンド/音楽のあり方における重要な視点である。
4‑3. 国際的・ネット経由の拡散とサブカルチャーへの波及
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Black Midi の作品は UK にとどまらず、欧米、そして日本を含む世界中のインディーリスナー、サブカルチャー/ネット文化圏に広がった。特に、彼らのサウンドの混交性や“異端さ”、即興性、ジャンルの自由な横断性は、国や文化を超えて共鳴した。これにより、実験音楽とインディーの垣根が再び問い直され、多くのリスナーが“従来の枠に縛られない音楽探索”を行うきっかけとなった。
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日本では、バンド名の参照元である “Black Midi(黒楽譜)” という言葉や、洋楽だけでなくオルタナティブ、和ジャズ、ゲーム文化、ネット文化などに通じるサウンド性により、単なるインポート・ロックとしてだけでなく、“日本的サブカルチャーとの親和性”が語られた。こうした文化横断的なリファレンスは、Black Midi の国際的かつ文化的な意味を強めた。
5. 限界・賛否と、その先にある価値
Black Midi のようなバンドは、その実験性ゆえに、必ずしも万人に受け入れられるわけではない。以下のような限界や賛否が指摘されてきた。
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楽曲の構造が複雑で、ノイズや実験性が強く、「とっつきにくい」「入り込みづらい」「好みが大きく分かれる」という声。特に Cavalcade、Hellfire のような構成性・実験性の強い作品では、その傾向が顕著。
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“即興的混沌/ライブ的熱量”を求めるリスナーにとって、スタジオでの構築は、逆に“ライブ感の希薄さ”“過剰な作り込み”と感じられることもある。実際、バンドの進化とともに賛否が分かれた批評もあった。
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また、非常に技巧的であるがゆえに、演奏力や構成美を重視する “インテリジェント派” には受けが良い一方で、感傷性、感情の揺さぶり、キャッチーなメロディ、親しみやすさを求める層にはハードルが高い。特に歌詞や歌唱、曲の“過剰さ”“構造の歪さ”は、「好き/嫌い」が割れやすい。
それでも、Black Midi の価値は、大きく次の点にある。
- 従来のジャンルの枠組みを解体し、新しい混交/実験の地平を切り開いたこと。
- スタジオ録音とライブ、構成と即興、ノイズと構造、ポップネスと実験性──これらの二項対立を相対化し、すべてを音楽として肯定した姿勢。
- 国際/文化横断的に通用するサウンドと思想。インターネット文化、日本のサブカルチャー、欧米インディー、すべてをまたぐ受容を可能にした。
6. 年表 — Black Midi の歩み
7. 総括 — Black Midi の歴史的位置と未来への問い
Black Midi が世に出てからわずか数年。だがその足跡は、インディー/実験ロックの未来にとって重要な道標となった。彼らは既存のジャンルに収まらず、ロックという土壌を再解釈し、拡張し、多様な文化とサブカルチャーを橋渡しした。
同時に、その実験性と難解さゆえに「万人向け」ではないことは確かだ。しかし、音楽における“自由”や“多様性”、そして“即興と構築の両立”を再提示したこと──それこそが、Black Midi の最大の価値である。
彼らが生み出した混交、狂気、構造、即興、演劇性、サブカルチャー性……。それらは単なるノイズではなく、21世紀の音楽/文化におけるひとつの言語であり、ひとつの可能性である。