
世界の“音の玩具”
文:mmr|テーマ:フ子どものおもちゃからアーティストの楽器~AI玩具・触覚楽器・ソーシャル・トイの時代へ
音楽と遊びの境界線が曖昧になる場所がある。子どもの手に握られたおもちゃの電子音が、やがてプロのステージやアーティストの創作道具として認められる世界だ。RadelやOmnichord、Stylophone、そして自作回路を改造するCircuit Bendingのような奇妙な音源たちは、単なる玩具の枠を超え、文化的な実験装置となった。
このコラムでは、世界中の変わった音楽玩具を辿り、その歴史、思想、そして現代のアーティストによる再解釈までを紐解く。
Ⅰ. 音をいじる手の快楽
音楽という行為の原点に「触覚」があることを忘れてはいけない。弦を弾き、鍵盤を押し、つまみを回すと、指先に反応が返ってくる。その即時性は、幼少期に触れる玩具でも同様だ。
21世紀に入り、電子音は子どものおもちゃや教育用ガジェットにまで拡張され、「鳴らす」という行為自体が遊びの一部としてデザインされるようになった。玩具と楽器の境界線は、ますます曖昧になっている。
Ⅱ. アジアのサウンド・トイ文化
Radel Electronic Tanpura
インドのRadel社が1970年代末に開発した電子タブラは、伝統的なラーガ演奏における持続音をポータブル化した装置である。複雑な弦楽器を家庭で簡単に再現できることから、子どもから大人まで幅広く親しまれた。
電子音の単純化は、むしろ新しい即興の扉を開いた。家庭の机上に置かれた電子タンプーラは、学習と遊びの境界で鳴り響く“家庭的な儀式”となった。
電子楽器のポータブル進化
インドだけでなく、アジア各地では伝統楽器の電子化が進んだ。小型シタールやポケットサイズのガムラン、電子琴など、子どもでも操作可能な楽器が登場した。電子化による音の安定性と手軽さは、演奏者の創造性を刺激する。
Ⅲ. オムニコードとその末裔たち
1978年に発売されたOmnichordは、独特の“コード・ハープ”として瞬く間に世界中で愛された。
- キーボードとストローク板を組み合わせた独自インターフェース
- 単純な和音を指一本で奏でられる手軽さ
- ローファイかつ宇宙的な音色
Omnichordは、テクノポップやインディーズのアーティストにとって、ライブパフォーマンスやレコーディングにおける小道具以上の存在となった。そのサウンドは、偶然性と即興性を歓迎するデザイン哲学の体現である。
Omnichordを使用したアルバム
Cornelius – Fantasma (1997)
日本のポップ/エレクトロニカ。Omnichordの独特の和音が楽曲に温かみを添える。
Björk – Vespertine (2001)
微細な電子音とアナログ感の融合。Omnichordの繊細なコード感が内省的なサウンドに寄与。
Ⅳ. ヨーロッパの奇音装置
StylophoneとOptigan
イギリスのStylophoneは、1970年代のテレビ広告でおなじみの“机上のシンセ”である。指先で金属接点をなぞると、独特のビープ音が鳴る。その手軽さとノイズ感は、初期テクノポップやアヴァンギャルド音楽に取り込まれた。
Optiganは光学式ディスクで音を再生するオルガン玩具で、パターンやリズムが予測不能な形で再生されることが特徴だ。
Stylophoneを使用したアルバム
David Bowie – Space Oddity (1969 single)
初期シングルでのStylophone使用。宇宙的でミニマルな音色が特徴。
Aphex Twin – Selected Ambient Works 85–92 (1992)
ミニシンセと玩具的電子音が紡ぐアンビエント・テクノ。
教育玩具からクラブへ
ヨーロッパでは、教育用電子玩具がクラブカルチャーや前衛音楽に流入することもあった。机の上の簡易シンセサイザーは、演奏者の創造性に“偶然のノイズ”をもたらし、音楽表現の幅を広げた。
Ⅴ. アメリカのDIY電子と奇妙な発明家たち
Circuit Bendingは、既存の電子玩具やシンセを改造して新しい音を作る手法で、1970年代にReed Ghazalaによって体系化された。
- Casio SAシリーズの鍵盤を開け、ランダムに回路を接続
- 偶然のショートやノイズが新たな音を生む
- “破壊”と“創造”が同時に起こる行為
DIY電子楽器は、手作業の喜びと音響的な冒険心を融合させ、アメリカのガレージカルチャーや前衛音楽に深く根付いた。
Circuit Bending / 改造玩具使用
Merzbow – Pulse Demon (1996)
改造電子機材やノイズ玩具を駆使したノイズ・エクスペリメンタル作品。
Ⅵ. 日本の電子トイ黄金期
1970〜80年代、日本ではポータブルシンセや電子楽器玩具が家庭に浸透した。
- ヤマハPortasoundシリーズ
- CASIO VL-TONE
- 学研のSX-150などの教育用シンセ
電子音は、家庭や学校の机上で手軽に体験できるものであり、子どもたちは“音を遊ぶ”文化に親しんだ。現代ではオタマトーンのようなデジタル玩具がYouTube文化と結びつき、新たな“かわいい音”の世界を作っている。
Ⅶ. 北欧の変則美学
北欧では、デザイン性の高い小型シンセが登場した。
- Teenage Engineering OP-1
- Pocket Operatorシリーズ
シンプルで直感的な操作性と、カートゥーン的な音色は、北欧らしいユーモアと洗練を兼ね備える。“トイ”としての性格を残しつつ、プロのアーティストにも採用される点が特徴だ。
Pocket Operator / Teenage Engineering系
Four Tet – Rounds (2003)
Pocket Operator的な小型電子音源の雰囲気を先取り。ミニマルなビートと旋律。
Flying Lotus – Cosmogramma (2010)
電子玩具や小型シンセ的なサウンドを組み合わせた複雑なテクスチャ。
Ⅷ. 現代アーティストとトイサウンド
Björk、Cornelius、Bon Iver、Laurie Andersonなど、多くの現代アーティストはライブや録音におもちゃ的楽器を導入している。
低解像度な音や偶然のノイズは、親密さや即興性を演出する道具となり、デジタル全盛時代にあえて“手作り感”を残すことが評価される。
Ⅸ. 未来のトイ・ミュージック
AI玩具や触覚楽器、ソーシャル・トイなど、音楽玩具は新しいインターフェースの実験場として進化を続ける。
“Play”の概念は、再び音楽創作の中心に戻りつつあり、電子音の未来における重要な文化的役割を担っている。
付録
世界のStrange Musical Toys進化史(簡易年表)
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Strange Musical Toys おすすめアルバム・本
アルバム名 | アーティスト | 発売年 | 使用デバイス / 特徴 | リンク |
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Fantasma | Cornelius | 1997 | Omnichordの和音を中心にしたポップ/エレクトロニカ | Amazon |
Vespertine | Björk | 2001 | Omnichordによる繊細なコード感、微細電子音 | Amazon |
Space Oddity | David Bowie | 1969 | Stylophone使用、宇宙的ミニマル音色 | Amazon |
Selected Ambient Works 85–92 | Aphex Twin | 1992 | Stylophoneなど玩具的電子音でアンビエント/テクノ | Amazon |
Rounds | Four Tet | 2003 | Pocket Operator風ミニシンセ的電子音 | Amazon |
Cosmogramma | Flying Lotus | 2010 | 小型シンセ/電子玩具音を組み合わせた複雑テクスチャ | Amazon |
Circuit-Bent Explorations | Reed Ghazala | 2005 | Circuit Bendingの書籍 | Amazon |
Pulse Demon | Merzbow | 1996 | 改造電子玩具・ノイズ中心の実験音楽 | Amazon |
Solar Gambling | Omar Rodríguez-López | 2010 | ミニシンセ、玩具的電子音の前衛ギター | Amazon |
Big Science | Laurie Anderson | 1982 | Stylophoneや簡易シンセを用いた音楽/パフォーマンス実験 | Amazon |