
解放とアイデンティティを象徴したダンスミュージック
文:mmr|テーマ:アメリカのゲイカルチャー、HIV/エイズ危機の時代と重なる、「解放と連帯」の象徴的音楽
Hi-NRGの誕生とゲイクラブ文化
1970年代末から80年代にかけて、ディスコから派生した電子的かつ疾走感のあるダンスミュージックとして Hi-NRG(High Energy) が登場しました。 そのサウンドは 高速テンポ(120〜140 BPM)、シンセベースのリフ、ドラマティックな女性ボーカルが特徴で、従来のディスコを超える カタルシスとエネルギー感 を持ち合わせていました。
Hi-NRGが特に強く支持されたのは、ゲイクラブ でした。70年代のストーンウォール暴動以降、LGBTQコミュニティは自らの表現とアイデンティティの場をクラブシーンに求め、Hi-NRGはその 「解放の音楽」 として機能したのです。
LGBTQにおけるHi-NRGの役割
🌈 自由の象徴
同性愛が依然として差別や偏見の対象であった時代、Hi-NRGは「誰にも縛られずに踊り、愛し合える空間」を提供しました。クラブのダンスフロアは社会の抑圧から逃れられる セーフスペース であり、Hi-NRGはそのBGMとして不可欠でした。
🌈 アイデンティティの表現
Hi-NRGのリリックはしばしば 愛・欲望・自己解放 をテーマにしており、ストレートな恋愛だけでなく、LGBTQが抱える切実な感情を代弁するかのように響きました。 例えば Evelyn Thomas「High Energy」や Hazell Dean「Searchin’」は、ゲイアンセムとしてクラブシーンに深く刻まれました。
🌈 ドラッグカルチャーとの融合
Bobby Orlandoが手掛けた Divine の楽曲群(例: “You Think You’re a Man”)は、Hi-NRGとドラッグクイーン文化を直結させた象徴的存在です。彼女のパフォーマンスは過激で挑発的であり、音楽とジェンダー表現の境界を破壊しました。
代表的なアーティストとLGBTQとの関わり
Sylvester
オープンリー・ゲイであったシンガー。代表曲 “You Make Me Feel (Mighty Real)” はHi-NRGの原点であり、ゲイ・アンセムとして不朽の名作。
Hazell Dean
「ゲイの女王」と呼ばれるほどクラブシーンで支持されたUK Hi-NRGシンガー。彼女の楽曲はLGBTQの恋愛や欲望を代弁するような内容が多かった。
Divine
ドラァグクイーンとして活動しつつ、Hi-NRGで世界的に注目を浴びた存在。性の表現を大胆に誇示し、音楽とジェンダーの政治性を一体化させた。
Evelyn Thomas 代表曲「High Energy」でジャンル名を決定づけた歌姫。ゲイクラブで爆発的な人気を誇り、Hi-NRGを世界的に広めた。
Hi-NRGとHIV/エイズ危機
1980年代、HIV/エイズがLGBTQコミュニティを襲い、数多くの命が失われました。 この時期、Hi-NRGは 悲しみを忘れるための逃避 であると同時に、亡くなった仲間を追悼する 生と死のサウンドトラック となりました。
Sylvester自身もエイズで命を落としましたが、彼の音楽は今もクラブでプレイされ続けています。
Hi-NRGの遺産と現代への影響
Hi-NRGはやがて シカゴ・ハウス や ユーロビート へと発展し、現在のEDMやハイパーポップにも影響を残しています。 特にLGBTQコミュニティにおいては、今でも Prideイベント やゲイクラブでHi-NRGクラシックがプレイされ続け、当時の解放感を追体験する手段となっています。
現代のDrag Race文化やハイパーポップのアーティスト(SOPHIE、Kim Petrasなど)にも、Hi-NRGの 誇張されたエネルギー感とジェンダー表現 のDNAが受け継がれています。
単なるダンス・ミュージックではなく、「自由と解放の象徴」
Hi-NRGは単なる「ダンス音楽」ではなく、LGBTQコミュニティの歴史・闘争・解放 を体現したジャンルです。 疾走するビートと煌めくシンセは、80年代のゲイクラブにとって「生きることの祝祭」であり、社会の抑圧から逃れる手段でもありました。
今日においてもHi-NRGは、音楽とセクシュアリティの関係を語る上で不可欠な存在 として再評価され続けています。