【コラム】 Sound Tribe Sector 9(STS9)――即興と電子音楽が交差する21世紀型ライブバンドの軌跡
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即興と電子音楽が交差する、21世紀ライブミュージックの前衛
文:mmr|テーマ:STS9 の結成から現在に至る歴史、音楽的特質、ライブの哲学、代表作、そして文化的・社会的影響について
Sound Tribe Sector 9(以下 STS9)は、1990年代末から現在まで、アメリカのライブシーンにおいて独自の進化を遂げてきた“ライブトロニカ(livetronica)”の代表格として知られる。
彼らの音楽は、ジャムバンドの即興性、エレクトロニック・ミュージックの構造・質感、そしてクラブカルチャーのグルーヴを融合させたもので、単なるロックバンドとも電子音楽ユニットとも異なる。
その姿勢は一貫して「音楽=ライブ空間での体験」であり、作品制作からツアー運営、舞台演出、社会活動に至るまで、自律的なコミュニティ形成を重視してきた。
1. 結成前史(〜1997):アトランタの周辺で生まれた「バンドでもDJでもない」スタイル
STS9 の起源は、1990年代半ばのアトランタ周辺で活動していたミュージシャンたちが、
“DJ がクラブで作っている空気感を、生演奏で作れないか?”
という疑問から始まったとされる。
メンバーはロック、ジャズ、ファンク、電子音楽、さらにはワールド・ミュージックまで幅広いバックグラウンドを持っていた。特にドラム/パーカッション陣が強調する「グルーヴ先行のアンサンブル」は、初期から現在まで継続する重要な核となった。
1997年頃には、当時としては珍しい
エレクトロニカ × ライブアンサンブル
という方向性が形成され、Sound Tribe Sector 9 という名義がスタートする。
2. 1998–2002:初期作品とツアー文化への適応
2-1. Debut Era ― Interplanetary Escape Vehicle (1998)
1998年リリースのデビュー作『Interplanetary Escape Vehicle』は、現在のSTS9と比較すると生演奏色が強く、ポストロック的なギターの広がり、アフロビート的なリズム、ジャズ的なアンサンブルが混在している。
当時のアメリカでは、The Disco Biscuits や The New Deal など、電子音楽と即興を混ぜた“ライブトロニカ”系バンドが台頭し始めており、STS9 もその潮流の一端に位置づけられる。
2-2. フェス文化との共鳴
この時期、STS9 は地域のフェスティバルに積極的に出演し、
「クラブ/フェス/ライブバンドが同等に交差する」
という独自の立ち位置を確立した。
- 長尺の即興
- DJ 的なループ感
- 世界観を持つ照明や映像演出
これらは当時のロックシーンには珍しく、観客からは“演奏するDJセット”とも形容された。
3. 2003–2008:電子音楽への本格的接近と黄金期
3-1. Artifact(2005)― STS9 の象徴的作品
2005年の『Artifact』は、STS9 の代表作とされるアルバムである。
シンセのレイヤー、プログラミングされたビート、厚いパーカッションの多層構造は、ジャムバンドという枠組みから完全に離れ、より電子音楽的な方向性へ踏み込んだ。
代表曲:
- “Atlas”
- “Somesing”
- “Arigato”
- “Tokyo”
- “Peoples”
これらは現在のセットリストでも頻繁に演奏されており、STS9 の音楽的イメージを最もよく象徴する。
「Artifact」は、STS9のサウンドとクリエイティビティを最大限に発揮した作品であり、その独特なサウンドと革新的なアプローチによって、エレクトロニックミュージックやジャムバンドシーンで高い評価を得ています。
アンビエント、エレクトロニカ、ジャズ、ファンク、ダブステップなど、さまざまなジャンルの要素を組み合わせたサウンドが特徴です。
A2の「Tokyo」は、STS9の代表的な楽曲として知られており、ライブパフォーマンスでも頻繁に演奏されます。
「Artifact」は、STS9のキャリアの中でも重要な位置を占めるアルバムであり、バンドのファンにとっては欠かせない作品となっています。
曲目列表
A1. Possibilities
A2. Tokyo
A3. Vibyl
B1. Peoples
B2. Somesing
B3. Better Day
Youtube
3-2. ライブアレンジの進化
同時期のライブ構造は、
- ブレイクビーツ
- 慢節奏
- IDM 的なパターン
- 長尺の即興
が入り混じり、観客は「踊る」ことを前提としたフロア/フェス型の体験へ移行した。
ここで重要なのは、STS9 がギターやベースで“電子音楽の質感”を再現する技法を追求したことだ。
多くのパートがエフェクトチェーンを通り、DAW での編集的思考がライブに直接反映されるという特徴が生まれた。
4. 2009–2014:自主レーベル・社会活動・セット構造の深化
4-1. 自主レーベル 1320 Records の運営
STS9 は自主レーベル 1320 Records を立ち上げ、
自分たちの作品だけでなく、同じ音楽的志向のアーティストをサポートした。
単なるアルバム制作の場ではなく、コミュニティに近い役割を果たしたことが特徴的である。
4-2. 社会活動とチャリティ文化の定着
STS9 は初期から
- 教育支援
- 環境保護
- 地域活動
などの慈善活動に積極的に参加してきた。
ライブチケット収益の一部を寄付する公演や、社会問題をテーマにした楽曲も多い。
特に“Peaceblaster”(2008)は、政治・環境的テーマを背景にしたコンセプチュアルな作品として位置づけられる。
5. 2015–現在:メンバー交代と新しいフェーズ
5-1. 新体制への移行
2014年、長らくギターを務めてきたメンバーが脱退し、新たに Hunter Brown が中心となる形で新体制が確立した。
この変化は音楽面にも影響を与え、よりクリアでミニマルな構造が増えたとされる。
5-2. The Universe Inside(2016)
2016年のこのアルバムは、シンセの比重がさらに高まり、ダンスミュージックに寄せた楽曲も増加。
ライブアレンジでは、過去曲を EDM 的に再構成する試みも多く見られた。
5-3. 現在のSTS9
2020年代に入り、STS9 はフェスティバルのヘッドライナーとして確固たる地位を維持しながら、独自イベント“WAVE SPELL”を開催するなど、よりコミュニティ的な活動を強めている。
6. STS9 の音楽的特徴
6-1. リズム構造:パーカッション主導のグルーヴ
STS9 の最大の特徴は、ドラム+パーカッションが中心にあるアンサンブル構造である。
電子音楽で言えばドラムマシンの役割を生演奏が担い、その上にベース、ギター、シンセ、サンプルが重なる。
- アフロビート
- ブレイクビーツ
- ラテン・パーカッション
- IDM 的細分化
が組み合わさり、“リズムで世界観を作る”方式が徹底している。
6-2. 音響処理とエフェクトの多用
エレクトロニカの感触を生演奏で再現するため、
- ディレイ
- ルーパー
- フィルター
- グラニュラー的処理
などを各楽器が積極的に使用する。
これにより、ライブでも音響的な厚みが保証され、DJセットに近い立体感が形成される。
7. STS9 のライブ哲学:セット構造・照明・コミュニティ
7-1. セットリストの構造化
STS9 はツアーにおいて毎回セットリストを変えるが、
- オープナー(世界観提示)
- 中盤のビルドアップ
- フロアピーク
- ダウンテンポの深いパート
- アンコール
と“DJセットに近い”構造でライブをデザインする。
7-2. 照明・映像:音と光の一体化
照明はSTS9のライブにおいて極めて重要で、
特に光の動きが曲の変化とリンクする点が特徴。
フェスの夜公演では、照明演出そのものが巨大な「舞台装置」として機能し、観客の没入感を高める。
7-3. コミュニティ文化
STS9 のファンは、ジャムバンドシーン特有のコミュニティ志向が強く、
ツアーを追いかける“トラベリング・ファン”も多い。
8. 作品解説(主要アルバム)
Interplanetary Escape Vehicle (1998)
初期の生演奏色が濃い。ワールドミュージックの影響が強い。
Offerings (1999)
即興的な構造とエレクトロニカの混在。
Peaceblaster (2008)
政治・環境テーマを背景にしたコンセプト作。
The Universe Inside (2016)
よりダンス寄りの作品で、新体制を象徴。
9. 年表(Mermaid)
10. STS9 サウンドの技術的構造(Mermaid:信号フロー図)
11. 文化的影響と位置づけ
11-1. LiveTronica の確立
STS9 は The Disco Biscuits や The New Deal などと共に“ライブトロニカ”の代表的存在となり、
電子音楽とジャムバンドを架橋する新ジャンルを確立した。
11-2. フェス文化との強い結びつき
STS9 のライブはフェスとの相性が良く、
- Bonnaroo
- Electric Forest
- Suwannee Hulaween
などの主要フェスにおける“深夜セット”は伝説化している。
11-3. コミュニティ型アーティストの先駆例
自主レーベル運営、チャリティ活動、独自フェスの開催など、
21世紀以降のアーティストの在り方を示した点でも重要である。
12. 結論:21世紀の「ライブで進化するバンド」
Sound Tribe Sector 9は、
バンドという形式を保ちながら、電子音楽の構造を生演奏に移植するという試み
を20年以上にわたり追求し続けてきた稀有な存在である。
その音楽は録音作品だけでは決して完結せず、
常にライブという“今ここ”の体験で更新される。
彼らの歩みは、
「ライブバンドがどこまで電子音楽に近づけるか」
「電子音楽がどこまで生演奏の躍動を取り込めるか」
という問いに対する継続的な実験であり、21世紀の音楽文化そのものの象徴の一つと言える。