音楽史は「技術」によって書き換えられてきた
文:mmr|テーマ:アルゴリズムが音楽のヒット構造とジャンルの歴史をどのように変えたのかを解き明かす
音楽史を振り返ると、ヒットの仕組みは常に技術によって変化してきた。
ラジオは20世紀初頭に音楽を家庭へ届けた最初の巨大メディアだった。 その後、レコード産業は音楽を商品として世界中に流通させた。 1980年代にはMTVが登場し、音楽は映像と結びついたポップ文化へと変化した。
しかし21世紀に入り、音楽の流通構造はさらに大きく変わる。 それがストリーミングとアルゴリズムである。
SpotifyやYouTubeなどの配信サービスでは、 人間のDJではなくプログラムが楽曲を推薦する。
この変化は単なる技術革新ではない。
アルゴリズムは
・何がヒットするのか ・どのジャンルが生まれるのか ・どの曲が歴史に残るのか
という「音楽史そのもの」に影響を与え始めている。
かつて音楽史はレコード会社、ラジオ局、評論家によって形作られていた。 しかし現在、その中心にいるのはアルゴリズムである。
音楽史の新しい編集者は、レコード会社ではなくアルゴリズムになった。
ストリーミング以前の音楽発見
アルゴリズムが登場する前、音楽を発見する方法は非常に限られていた。
代表的なものは次の3つである。
- ラジオ
- 音楽雑誌
- レコードショップ
ラジオDJは新しい音楽を紹介する文化的ゲートキーパーだった。 例えばアメリカでは1950年代のロックンロール、 イギリスではBBC Radio 1などが音楽の流行を決定づけた。
また、レコードショップも重要な発見の場所だった。 店員の推薦、試聴機、ジャケットデザインなどが リスナーの好奇心を刺激した。
1990年代にはCD販売がピークを迎え、 音楽市場は巨大産業となる。
しかしこの時代の音楽発見には大きな制約があった。
- 物理的流通
- 地域差
- メディア露出
つまり、世界の音楽の多くは 「そもそも聴かれる機会すらなかった」のである。
インターネットの登場は、この制約を一気に崩した。
デジタル化によって音楽は無限に存在できるようになったが、人間はそのすべてを探すことができない。
アルゴリズムという新しいDJ
2000年代後半、音楽配信サービスは急速に普及した。
特に重要なのがストリーミングの推薦システムである。
アルゴリズムは主に以下のデータを利用する。
- 再生履歴
- スキップ率
- 保存数
- プレイリスト追加
- ユーザーの類似性
このデータを分析し、 ユーザーごとに異なる楽曲を推薦する。
代表的な例がSpotifyのDiscover Weeklyである。 2015年に導入されたこの機能は、 ユーザーごとに毎週新しいプレイリストを生成する。
その結果、多くのアーティストが ラジオやテレビに出演することなく 世界的なリスナーを獲得するようになった。
YouTubeの推薦システムも同様に重要である。 再生履歴を基に動画を次々と提示することで、 音楽の消費時間を大きく伸ばした。
アルゴリズムは 単に音楽を探す手助けをするだけではない。
リスナーの音楽体験そのものを 再設計しているのである。
現代のリスナーは音楽を「探す」のではなく「推薦される」。
アルゴリズムが作るヒット曲
アルゴリズムはヒットの構造も変えた。
従来のヒットは ラジオ回数、CD売上、チャート順位によって決まった。
しかしストリーミングでは 再生回数が中心となる。
この変化により、楽曲の作り方まで変わった。
ストリーミング時代のヒット曲には特徴がある。
- イントロが短い
- 最初の30秒で印象的なフック
- 繰り返し構造
- 短い楽曲
これはストリーミングの計測方法と関係している。
多くのサービスでは 約30秒以上再生されると 1ストリームとしてカウントされる。
そのため、アーティストは リスナーがスキップする前に 楽曲の魅力を提示する必要がある。
さらにプレイリスト文化の影響も大きい。
リスナーはアルバムではなく プレイリスト単位で音楽を聴くようになった。
結果として、 曲は単独で機能する必要がある。
アルゴリズムは 楽曲構造そのものを変え始めている。
ストリーミング時代のヒットは、ラジオではなくデータに最適化されている。
プレイリストが新しいラジオになった
アルゴリズム時代の最大の特徴は プレイリスト文化である。
SpotifyやApple Musicでは 公式プレイリストが巨大な影響力を持つ。
代表的なものには次のようなプレイリストがある。
- RapCaviar
- Today’s Top Hits
- Lo-Fi Beats
これらのプレイリストは 数千万のフォロワーを持つ。
つまり、 一つのプレイリスト掲載が 世界的ヒットにつながることもある。
プレイリストの特徴は ジャンルよりも「ムード」に基づく点である。
例
- Chill
- Focus
- Workout
- Sleep
音楽はジャンルではなく 生活シーンのサウンドトラックになった。
これは音楽史の中でも大きな変化である。
かつてジャンルは文化コミュニティを作った。 パンク、ヒップホップ、テクノなどがその例だ。
しかし現在、 多くのリスナーはジャンルを意識せずに 音楽を聴いている。
プレイリストはジャンルではなく「生活」を中心に音楽を再編した。
新しいジャンルはアルゴリズムから生まれる
アルゴリズムは ジャンル形成にも影響を与えている。
例えば
- Lo-fi Hip Hop
- Phonk
- Drift Phonk
- Hyperpop
などのジャンルは インターネット文化とアルゴリズムの中で拡散した。
特にLo-fi Hip Hopは YouTube配信によって広まった代表例である。
勉強用、作業用という用途に最適化された音楽は アルゴリズムと相性が良い。
再生時間が長く、 リスナーがスキップしにくいためである。
TikTokも新しいジャンルの拡散装置となっている。
短い動画に使われた楽曲が 瞬時に世界的ヒットになる。
この現象は レコード会社のマーケティングとは 異なるスピードで進む。
インターネット文化の中で 音楽ジャンルが誕生し、進化していく。
現代のジャンルはクラブではなくアルゴリズムの中で生まれる。
アルゴリズムの問題点
アルゴリズムには利点だけでなく問題もある。
代表的なものは
- フィルターバブル
- 音楽の均質化
- 巨大プラットフォームへの依存
フィルターバブルとは 似た音楽ばかり推薦される現象である。
リスナーは好みに近い曲ばかり聴くため 新しい文化に出会いにくくなる可能性がある。
また、アルゴリズムに最適化された楽曲は 似た構造を持つことが多い。
短く、シンプルで、繰り返しが多い曲である。
さらにアーティストは プラットフォームのルールに依存する。
プレイリスト掲載や推薦が 収益に大きく影響するためだ。
つまりアルゴリズムは 新しいチャンスを生む一方で 新しい権力構造も作っている。
アルゴリズムは自由な音楽世界を作ると同時に、新しいゲートキーパーにもなった。
アルゴリズム時代の音楽史
音楽史はこれまで ジャンルやアーティストによって語られてきた。
しかし現在、 その背後にはアルゴリズムが存在する。
- ヒット曲の誕生
- ジャンルの形成
- リスナー体験
これらすべてが データと推薦システムによって影響を受けている。
未来の音楽史家は 次のような要素を研究することになるかもしれない。
- ストリーミングデータ
- プレイリスト文化
- SNS拡散
- アルゴリズム設計
つまり音楽史は 技術史でもある。
レコード、ラジオ、MTV、インターネット。 その次に来たのがアルゴリズムである。
音楽の歴史は、いつの時代も「音」ではなく「技術」によって動かされてきた。
年表:アルゴリズムと音楽配信の歴史
音楽発見の構造変化
アルゴリズムが音楽史を変える理由
アルゴリズムは音楽を単に配信する仕組みではない。 それは音楽がどのように発見され、共有され、記憶されるかを決める新しい文化装置である。
そしてその影響は、これからの音楽史をさらに大きく変えていくことになる。