序章:〈雲系ラップ〉とは何か
文:mmr|テーマ:Lo-Fi HipHopと交差する〈雲系ラップ〉の系譜について
Cloud Rap は2010年前後、Bay Area と U.S. Internet Underground を中心に立ち上がり、Vaporwave 以降のサブカルチャー美学、Chopped & Screwed、Lo-Fi HipHop、モダン・エモラップに接続しながら発展した。特にLil B、Clams Casino、Main Attrakionzの活動は黎明期を象徴し、後年のLil Peep、XXXTENTACION、Bones、Yung Leanらへと連なる系譜の基礎を形成した。
Cloud Rap は従来のHipHopよりもはるかにアンビエント志向のサウンド、リバーブの強いボーカル処理、空間系FXを伴うドリーミーな質感を特徴とし、その後の Vaportrap へと発展する際に、電子音楽やVaporwave 的なミーム文化を吸収していった。
I. クラウドラップ以前の布石(2000–2008)
● ネット発ヒップホップとミックステープ文化
2000年代後半、MySpace や DatPiff によってインターネット流通のミックステープ文化が拡大し、地理的制約のないコラボレーションが可能になった。これが Cloud Rap の「地理性からの解放」を生んだ土壌となる。
● Chopped & Screwed の影響
DJ Screw の手法に由来するスクリュー加工(低速化、ピッチ変更、残響強調)は、後の Cloud Rap の「幽玄的テンポ感」に大きく寄与した。
II. Cloud Rap の成立(2009–2012)
● Lil B と Based World の文化圏
Lil B は2009年前後からインターネット文化と親和性の高いラップスタイルを展開し、その音楽を支えたプロデューサー群が Cloud Rap の原型を形成した。
● Clams Casino の登場
Clams Casino が2011年前後に発表したインスト集や A$AP Rocky への楽曲提供は、「霧状のパッド」「アンビエントなメロディ」「深い空間処理」を持つ Cloud Rap の音像を決定づけた。
● Main Attrakionz とシーンの拡張
Main Attrakionz は「雲(Cloud)」という言葉を自らのスタイルとして確立し、Bandcamp 世代のアーティストたちによる非商業的かつ DIY 的な文化圏を広げた。
III. Vaportrap の出現(2013–2016)
Vaportrap は Vaporwave の方法論(サンプリング、80–90年代消費文化の再構成、アンビエント的質感)と Trap のビート構造が結びついたスタイルである。
● 美学的特徴
- 90s コンシューマー文化(CM、深夜番組、バーチャル空間など)のテクスチャ
- リバーブとディレイを極端に使った空間系処理
- BPM は Trap とほぼ同等(120–150)だが、質感は Vaporwave に近い
● プロデューサー文化の深化
SoundCloud を中心に、個人宅録レベルでの高速制作・高速消費が発生し、Cloud Rap から Vaportrap への流れが形成された。
IV. Lo-Fi HipHop と〈雲系ラップ〉の接続
● Lo-Fi HipHop の方法論
- MPC などサンプラー文化
- ノイズ、アナログ質感、カセットテープ的歪み
- Chillhop / Study Beats としてのストリーミング文化拡大
Cloud Rap のボーカル処理は Lo-Fi HipHop と混ざりやすく、Lil Peep や XXXTENTACION の作品ではギターサウンド × Lo-Fi 処理 × Cloud Rap 的な浮遊感が融合した。
V. エモラップ/サッドラップの隆盛(2016–2018)
● Lil Peep の影響
Lil Peep はエモ、パンク、クラウドラップの要素を混合したスタイルを確立し、SoundCloud Rap 以降の美学の中心を形成した。特にギターサンプル × Reverb × 悲哀的メロディの組み合わせは後続へ強く影響。
● XXXTENTACION の多様性
XXXTENTACION はクラウドラップ的質感から、ハードコア、R&B、オルタナティブまで幅広く実践した。ミニマルなサウンド構造、低域の強調、アンビエント要素などは Vaportrap 的な方向性とも連動していた。
VI. 現代の Vaportrap / Cloud Rap(2019–2025)
● 国際化と地域差の解消
YouTube、SoundCloud、TikTok の台頭により、Cloud Rap 的手法は世界各地へと拡散している。アジア圏やヨーロッパでも類似の制作手法が一般化した。
● 生成AIによるビート文化の変化(事実ベース)
2020年代後半、拡散モデルや生成モデルを用いた雲状パッドやアンビエント・テクスチャ生成が一般化し、自宅環境での制作がより高速化している。
サウンド構造分析
● Vaportrap / Cloud Rap の典型的ビート要素
- パッド:深いリバーブのシンセ、アンビエント的コード
- ドラム:Trap 的(808、ハイハットロール、ディープキック)
- BPM:120–150
- ボーカル処理:リバーブ深め、Auto-Tune、ダブ処理
- テクスチャ:90s / Y2K 文化の引用
以下はサウンド構造を図示した関係図:
年表:Vaportrap / Cloud Rap Timeline
結語:〈雲系ラップ〉はどこへ向かうのか
Cloud Rap は単なるジャンルではなく、ネット以降のヒップホップの制作方法・美学・配信文化の象徴となった。Vaportrap との融合は、音楽が物理的文脈よりもオンラインの美学圏を中心に展開する方向性を示し続けている。
今後、生成AI との連動により、Cloud Rap 的質感はさらに抽象化され、よりアンビエントで“非人間的”な音像へ広がることが予想される。