【コラム】 Sabrina Malheiros:現代ブラジリアン・ソウルの光彩 - Clareiaとそのリミックスが示した新世代サンバ・ソウルの地平

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【コラム】 Sabrina Malheiros:現代ブラジリアン・ソウルの光彩 - Clareiaとそのリミックスが示した新世代サンバ・ソウルの地平

イントロダクション

文:mmr|テーマ:サブリナ・マリェイロスの音楽史、Azimuthとの関係、作品の進化、そして“Clareia”の持つ象徴性を軸に、ブラジル音楽が21世紀以降どのように進化・再接続されてきたかについて

ブラジリアン・ミュージックが世界的に再評価され続けるなか、サンバ・ソウル、ファンク、ボサノヴァ、そしてネオ・ソウルの感性をしなやかに結び合わせてきた存在がサブリナ・マリェイロスである。アザ・マリェイロス率いるAzimuthの血脈を継ぎ、ロンドンや日本、ヨーロッパの音楽コミュニティからも熱烈に支持されてきた。

特に2017年のアルバム 『Clareia』 は、彼女の音楽世界が最も明晰に開花した瞬間だった。 そのタイトル曲 “Clareia” は、後に Henry Wu(Kamaal Williams)2000 Black(Dego & Kaidi)IG Culture といったUKジャズ~ブロークンビートの中心人物によるリミックスを生み、地下ダンス・コミュニティで新たな命を得た。


1. 生い立ちとAzimuthの影響

サブリナ・マリェイロスはリオ・デ・ジャネイロ出身。 父はAzimuth(後にAzymuth表記でも知られる)のベーシスト Alex Malheiros。彼女が幼い頃から接してきたAzimuthの音楽は、ファンク、ジャズ、サンバ、フュージョンを自由に行き来するものだった。

Azimuth は1970年代から世界的な人気を誇り、クラブ・ジャズ、フューチャー・ジャズ、ハウス、ヒップホップまで幅広いアーティストにサンプリングされてきた。その生演奏の“浮遊感”“柔らかいグルーヴ”“宇宙的なコード感”は、サブリナの作品にも色濃く受け継がれる。

しかしサブリナの音楽には、父の直接的な模倣ではなく、“女性ボーカリストとしてのエレガンス”と“都会的ソウル”が強く感じられる。Azimuthの持つリズムのしなやかさをDNAとして受け取りつつ、それをよりリリックで柔らかい質感へと変換してきた。


2. 初期作品:新世代サンバ・ソウルの兆し

『Equilibria』(2005)

デビュー作となる本作では、すでにサブリナの“透明感のある歌声”と“現代的ビート”の組み合わせが確立されていた。サンバ、MPB、ソウルを織り交ぜながら、アコースティックとエレクトリックの境界を曖昧にするような質感を提示している。

『New Morning』(2011)

本作では、ジャズ・ファンクやアーバン・ソウルの色彩が濃くなり、クラブ系リスナーにも強く訴求した。ヨーロッパのクラブジャズ・コミュニティで特に人気を博し、ロンドンのDJたちから支持を得るきっかけとなる。

デビューから一貫して“ブラジルの伝統とモダンなビートの共存”を志向していたサブリナは、2010年代後半にその方向性を大きく深化させることになる。


3. 『Clareia』(2017):光の差す音像

● アルバムの全体像

『Clareia』は意味として「明るくする」「照らす」といったニュアンスを持つ。まさにそのタイトル通り、アルバム全体が陽光のような透明度と、柔らかいグルーヴに満ちている。

Azimuthの血脈を直接感じさせるメロウなジャズ・ファンクの瞬間もありつつ、MPBの洗練されたメロディ、美しいストリングス、そして軽やかなパーカッションが絶妙に組み合わされる。

● タイトル曲 “Clareia”

アルバムの象徴とも言えるこの曲は、サブリナの柔らかい歌声、躍動的なパーカッション、鍵盤の流れるようなラインが一体となって、明快な光の質感を作り出している。

“Clareia” は発表当時からヨーロッパのジャズ/クラブ界隈で注目され、後のリミックス・プロジェクトへとつながることになる。


4. “Clareia” のリミックス

― Henry Wu、2000 Black、IG Culture が紡いだUKとの橋梁 ―**

サブリナの音楽に対するUKシーンからの熱視線は、2010年代後半の“新たなブラジリアン再評価”の象徴とも言える。 特にロンドンのジャズ〜ブロークンビート・ムーブメントを形成してきた次の3組による “Clareia” リミックスは重要だ。


● Henry Wu(Kamaal Williams) Remix

Henry WuはSouth Londonのジャズ再興ムーブメントの中心人物で、Yussef Kamaalとしても知られる。

彼のリミックスは、ブロークンビートの流れを汲む複雑なドラムワークと、エレクトリック・ジャズの洗練を強調。原曲の“光”を保ちつつ、ロンドン的なアーバンフィールを加えることで、よりクラブユースな仕上がりにしている。

・跳ねるビート ・柔らかいRhodes ・シンコペーションを強調したベースライン

これにより、“Clareia” はロンドンのダンスフロアで自然に混ざり合う新たな表情を獲得した。


● 2000 Black(Dego & Kaidi) Remix

Dego と Kaidi Tatham による2000 Blackは、ブロークンビートの最重要レーベル/プロジェクトとして知られる。

2000 Black版の “Clareia” は、よりドライブ感の強いブロークンビートと太いベースラインで構成されており、サブリナの歌声とのコントラストが美しい。Azimuth的とも言える“流動するコード進行”を引き継ぎつつ、2000 Black特有の未来的なファンク感で再解釈している。

その手触りはまさに “ブラジリアン・フューチャー・ソウル” と呼ぶにふさわしい。


● IG Culture Remix

IG Cultureはロンドンのブロークンビート・レジェンドであり、音楽的・文化的な影響力は計り知れない存在。

IG Culture版 “Clareia” は、より重心の低いリズムと、ソウルフルかつストリート感を帯びたフィーリングが強い。 ビートは粗削りではなく、むしろ滑らかだが、サブリナの歌声を包み込むような深い音像を作り上げている。

最も“アンダーグラウンド”で、黒い質感の強い仕上がりと言える。


5. UKジャズ〜ブロークンビートとの共振

サブリナの楽曲がUKのアーティストたちに強く響いた理由は明快だ。

  • Azimuth〜ブラジル音楽に通じる“揺れる”グルーヴ
  • ジャズの語法と柔らかいコードワーク
  • ソウル/ネオソウルとの親和性
  • クラブミュージックの構造に馴染む軽快なリズム

ロンドンのジャズ・ムーブメントと、ブロークンビートの2つの文脈に自然に溶け込む要素を、サブリナの音楽は元来備えていた。

そのため “Clareia” のリミックス群は、“ブラジル × UK” の新たな橋梁として世界的に評価された。


6. 音楽スタイルの特徴

サブリナ・マリェイロスの楽曲には、次の特徴が安定して見られる。

柔らかいボーカルと都市的エレガンス

歌声は軽く、湿度は高すぎず、都会的で洗練されている。

ジャズ/ファンク/サンバ/ソウルの混融

AzimuthのDNAを継ぎながら、現代的なネオソウルやクラブミュージックとも自然に結びつく。

アコースティックとエレクトリックの境界が曖昧

生楽器の暖かさと、現代的なビートの明瞭さが同時に存在する。

“光”の質感

彼女の作品はタイトルからも音作りからも“光”“風”“透明感”といったイメージが強い。


7. 年表:サブリナ・マリェイロスの歩み(簡易版)

timeline title Sabrina Malheiros 年表 1970年代 : Alex Malheiros 活動(Azimuth の黄金期) 1980年代 : Sabrina Malheiros 誕生、音楽的環境下で成長 2005 : デビュー作『Equilibria』発表 2011 : 『New Morning』リリース 2017 : 『Clareia』発表 2017 : “Clareia” の Henry Wu / 2000 Black / IG Culture リミックスが制作 2018〜 : 欧州ジャズ/クラブで再評価が進む 2020年代 : ネオ・ブラジリアン・ソウルの代表的存在として確立

8. “Clareia” の構造:図解(楽曲要素)

flowchart TD A[Clareia
原曲] --> B[柔らかいボーカル] A --> C[浮遊感あるRhodes] A --> D[軽快なパーカッション] A --> E[メロウなベースライン] B --> F[透明感の象徴] C --> G[Azimuth的コード感] D --> H[ダンス性] E --> I[ジャズ/ソウルの架橋]

9. 総括:なぜサブリナ・マリェイロスは“現代ブラジリアンの象徴”なのか

サブリナの音楽は、ブラジルの伝統に根ざしながらも、国境を超えて自然に共振する要素を持っている。

  • ブラジルのサンバ・ソウル
  • Azimuth由来のジャズ・ファンク
  • ネオソウル/R&B的なメロウネス
  • ロンドンのブロークンビートとの親和性

そのすべてが交差し、2017年の “Clareia” とそのリミックスは彼女のキャリアを象徴する存在となった。

サブリナ・マリェイロスは単なる“ブラジル音楽の継承者”ではなく、 “光の音”を持つ現代ブラジルの表現者 として独自の位置を築いたのである。

今後の作品でも、ブラジルの音楽と世界のダンス/ジャズ・シーンがどのように接続されるのか、その中心に立ち続けるだろう。


Monumental Movement Records

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