はじめに
文:mmr|テーマ:21世紀のソウルとファンクを再定義するリズム、演奏、制作美学について
Modern Soul(モダンソウル)および Contemporary Funk(コンテンポラリーファンク)は、1990年代後半から2010年代以降にかけて、ソウル/ファンクの伝統を継承しながら、ジャズ、ヒップホップ、R&B、ネオソウル、ビートミュージックの要素を取り込み、現代的な音像へと進化したスタイルを指す。
代表的なアーティストには Hiatus Kaiyote(ハイエイタス・カイヨーテ)、Anderson .Paak(アンダーソン・パーク) をはじめ、D’Angelo、Robert Glasper、Thundercat、Vulfpeck、Cory Henry、The Internet などが含まれます。
1. 定義と背景
1-1. Modern Soul とは
Modern Soul は、ソウル/R&B の伝統を基盤に、現代的なサウンドデザインや非循環的なコード進行、ビートミュージック文化の影響を強く取り込んだ音楽スタイル。 2000年代以降のネオソウルの進化形として位置づけられる。
特徴
- なめらかなテクスチャ、エレクトロニックとアコースティックの併存
- 複雑化したコードワーク(テンション、クォータルトーン等)
- 16分〜32分単位で組み立てられるドラミング
- ジャズ的インタープレイ
- 非ルートベースのベースライン、メロディックなベース
- R&B よりも「バンド演奏」の比重が高い作品群が多い
1-2. Contemporary Funk とは
Contemporary Funk は、1970年代のファンクの要素(グルーヴ、反復、ダウンビートの強調、スラップベース、ホーンセクション)を継承しつつ、
- ミニマル/タイトなリズム
- クリアな録音、コンプレッション/サチュレーションの精密制御
- ヒップホップ的ループ感
- 生演奏とDAW編集のハイブリッド を備えた21世紀型のファンク。
特に Vulfpeck に代表される「音数を抑えたミニマルファンク」や、Anderson .Paak や Thundercat のような「ソウル/ヒップホップと統合されたファンク」が顕著。
2. 系譜と歴史的展開
2-1. 1990年代後半:ネオソウルの台頭
D’Angelo、Erykah Badu、Lauryn Hill、Maxwell らが担ったネオソウルは、ジャズ/ファンク/R&B の境界を曖昧にし、アナログ感を強調したプロダクションで新しい地平を切り開いた。
ここで確立された
- ヒップホップのビート感
- ジャズ的コード
- アナログ質感
- ルーズなグルーヴ は Modern Soul の基礎となった。
2-2. 2010年代:オーストラリア発の新潮流とバンドサウンド
メルボルンの音楽コミュニティ(Hiatus Kaiyote、The Bamboos など)は、ジャズ教育機関で磨かれた演奏技術、多文化的背景、エレクトロニック音楽の影響が融合し、「複雑だがポップ」と評される Modern Soul の中核を形成した。
特に Hiatus Kaiyote の登場は、
- Polyrhythm(ポリリズム)
- 非常に複雑なコード
- 細密なアレンジ をソウルと結びつけ、国際的に大きな影響を与えた。
2-3. Anderson .Paak と West Coast コミュニティ
アンダーソン・パークは
- ソウル・ファンク
- ウェストコーストヒップホップ
- ジャズ/ゴスペル の要素を統合し、ドラマーでありシンガーであるという特異なスタイルで Contemporary Funk をポップフィールドへ押し広げた。
3. 音楽的特徴(リズム・ハーモニー・構造)
3-1. リズム
特徴
- Dilla 系ビート(遅れ気味のスネア)
- 複合拍子、ポリリズム
- ゴーストノートの多用
- 32分単位のスウィング
Modern Soul リズム構造
3-2. ハーモニー
- 7th, 9th, 11th, 13th などテンションコードの頻出
- メロディック・マイナー由来のコード
- ジャズのクォータルハーモニー
- ルートレス Voicing
- 半音階的な転回とモーダルアプローチ
3-3. ベースライン
- 「ドラムとのインターロック」に重点
- スライド、ハンマリング/プリング多用
- フェンダー系エレキベースの音色が中心
- メロディックなアプローチ(Thundercat など)
3-4. ボーカル
- 多重コーラス
- メロディの跳躍(Hiatus Kaiyote の特徴)
- スキャット/ビブラート/ファルセットの多用
- シラブルの細分化
4. 制作(Production)の特徴
Modern Soul/Contemporary Funk の制作は、DAW と生演奏が完全に融合している。
4-1. ドラム録音・編集
- マルチマイク収録
- トランジェント処理(Transient Shaper)
- スネアの遅延配置
- アナログサチュレーション系の処理
4-2. ギター/キーボード
- エレピ(Rhodes)、アナログシンセ、ワウギター
- リフ主体のミニマル構造
- ステレオ空間の緻密な配置
4-3. ベース
- コンプレッションによる「太さ」管理
- サイドチェイン処理を弱めに設定
- ミッドレンジを強調した音像
4-4. ボーカル処理
- コンプレッション複数段(Serial Compression)
- アナログ感のためのテープ系プラグインを使用
- ピッチ補正の自然な処理
5. 主要アーティスト分析
5-1. Hiatus Kaiyote
特徴
- メルボルン発のフューチャーソウルバンド
- Polyrhythm と高度なハーモニー
- ボーカル Nai Palm の特徴的メロディライン
音楽性
- 曲構造は複数セクションが接続される組曲的構成
- ドラムの複雑なアクセント
- シンセ/ギターの非定型的なボイシング
- オフビートの多用
Hiatus Kaiyote の構造
5-2. Anderson .Paak
特徴
- ドラマー兼シンガー
- ソウル/ファンク/ヒップホップの統合
- グルーヴを重視した編曲
音楽性
- 硬質なスネア、16分刻みのハイハット
- ファンクのミニマルな構造
- ゴスペル的コーラス
- ブラスの強調
Anderson .Paak の音楽要素
6. 地理的背景
6-1. メルボルン
- ジャズ教育が充実
- 多国籍文化によるハイブリッド音楽
- バンド主体のコミュニティ
6-2. ロサンゼルス
- ヒップホップ、ソウル、ジャズの密集地
- スタジオ文化(複数の著名スタジオ)
- Thundercat、Kamasi Washington 周辺のコミュニティ
6-3. インターネットを通じた国際的共有
- YouTube、Bandcamp などでバンド文化が拡散
- DAW と自宅録音の普及により国境を越えた制作共有が可能に
7. 代表ディスコグラフィ(抜粋・事実のみ)
※リンクなし
Hiatus Kaiyote
- Tawk Tomahawk(2012)
- Choose Your Weapon (2015)
- Mood Valiant (2021)
Anderson .Paak
- Venice(2014)
- Malibu(2016)
- Oxnard(2018)
- Ventura(2019)
周辺アーティスト
- Robert Glasper Experiment – Black Radio(2012)
- Thundercat – Drunk(2017)
- Vulfpeck – Hill Climber(2018)
- The Internet – Ego Death(2015)
8. 年表(Modern Soul / Contemporary Funk 発展史)
| 年代 | 出来事(事実) |
|---|---|
| 1995–1999 | D’Angelo、Erykah Badu らによるネオソウルの確立 |
| 2000–2009 | ヒップホップとジャズの融合が進み、ソウルの音像が多様化 |
| 2011 | Hiatus Kaiyote がメルボルンで活動開始 |
| 2012 | Robert Glasper Experiment『Black Radio』リリース |
| 2014 | Anderson .Paak『Venice』発表 |
| 2015 | Hiatus Kaiyote『Choose Your Weapon』発表 |
| 2016 | Anderson .Paak『Malibu』発表 |
| 2017 | Thundercat『Drunk』発表 |
| 2021 | Hiatus Kaiyote『Mood Valiant』発表 |
| 2020年代 | バンド文化とDAW編集がより一体化し世界的に普及 |
9. まとめ
Modern Soul / Contemporary Funk は、
- ネオソウルの精神
- ジャズの和声
- ファンクのグルーヴ
- ヒップホップのビート感
- 最新の制作技術 を統合したハイブリッドスタイルである。
Hiatus Kaiyote の複雑で前衛的なフューチャーソウル、Anderson .Paak のソウルフルでファンキーなバンドアプローチ。これらは21世紀のソウル/ファンクの象徴的スタイルを示し、今も世界中のミュージシャンに影響を与え続けている。