【コラム】 Mathcore / Experimental Metal 徹底解説:複雑性が極まる音楽構造と演奏メカニズム

Column Experimental Mathcore Metal
【コラム】 Mathcore / Experimental Metal 徹底解説:複雑性が極まる音楽構造と演奏メカニズム

Mathcore / Experimental Metal

文:mmr|テーマ:歴史、技術的特徴、主要作品、楽曲構造分析、演奏技術、そして関連ジャンルへの波及について

数学的な複雑性、非直線的な展開、極端なダイナミクスを特徴とする Mathcore は、1990年代後半から2000年代にかけて急速に進化したヘヴィミュージックの中でも特に挑戦的なスタイルである。このジャンルはハードコアやメタルコアの攻撃性を基盤にしつつ、ジャズ、実験音楽、プログレッシブ・メタルの要素を取り込み、伝統的な4/4拍子を積極的に破壊しながら、数学的と形容される変拍子構造を追求してきた。

The Dillinger Escape Plan(以下DEP)Meshuggah はこの分野を代表する存在であり、両者は同時期に活動していながら、異なる方向性から “複雑性の極限” に挑んだ点が極めて興味深い。


Mathcoreの誕生と源流

ハードコア・パンクからの進化

Mathcoreの基礎は、1980年代後半〜90年代初頭の ハードコア・パンクメタルコア にある。特に、Converge、Botch、Coalesce といったバンドは、攻撃性だけでなく 不規則なリフ構造、コードの分解的運用、唐突なテンポ変化 を導入し始め、後のMathcoreの枠組みを準備した。

ボストン〜ニュージャージーの地下シーン

DEPが登場した1990年代後半のアメリカ北東部は、ハードコアとノイズロックの融合が活性化していた時期で、そこに “技術主義” が重なることで、従来にないスピードと複雑さを持つ新バリエーションが生まれた。


The Dillinger Escape Plan の革新性

DEPは1997年結成。デビューEP Under the Running Board(1998)と、革新的デビューアルバム Calculating Infinity(1999)で即座に評価を得る。

以下は彼らの曲構造の特徴である。

1. 超高速・断片化された構造

小節単位ではなく、1〜2拍のフレーズを高速で切り替える 手法が顕著。 挿入されるブレイク、ポリリズム、アクセントのズレによって、聴覚上の方向感が常に揺さぶられる。

2. ジャズからの影響

ギタリスト Ben Weinman はジャズのテンションコードやアッパーストラクチャー的な響きを変則チューニングで再構成した。 ※外部リンク禁止のため具体的譜例は割愛。

3. ボーカルと音響の分離

ボーカルは楽器構造に従わないため、歌とバンドのリズムが連動していないように感じられる。 この“独立性” が他ジャンルより強く、実験性を高めている。


Meshuggah のポリリズム構造

スウェーデンのMeshuggahは、Mathcoreとは別系統だが、ポリリズムとメタルの統合 という点で極めて重要である。

代表的手法:

  • 基本となる拍子は4/4
  • しかしギターリフは 5拍、7拍、9拍 などのサイクルで進む
  • そのためリフとドラムのアクセントは周期的に“ズレる”

これにより、リスナーは直線的なグルーヴと非直線的アクセントの両方を同時に体感することになる。 この“多層的リズム” が後のDjentやExperimental Metalの基礎となった。


楽曲構造分析

The Dillinger Escape Plan 型:断片化構造

flowchart TD A["短い断片的リフ"] --> B["極端なテンポチェンジ"] B --> C["不規則ブレイク"] C --> D["急激な静〜動の対比"] D --> E["複雑な最終展開"]

Meshuggah 型:ポリリズム構造

flowchart TD A["4/4の基礎拍"] --> B["ギター: 変則拍サイクル"] B --> C["アクセントの周期的ズレ"] C --> D["揺らぐグルーヴ感"] D --> E["収束するリフ構造"]

演奏技術:Mathcoreが要求するスキルセット

ギター

  • 不規則アクセントに合わせた 右手ミュート+オルタネイトの組み合わせ
  • 小節単位ではなく“拍断片”で覚える必要
  • テンションコードや変則フォームを高速切替

ドラム

  • メトリック・モジュレーション(テンポ感覚の錯覚)を扱う
  • スネアアクセントの多段階配置
  • ポリリズムの同時発音(たとえば 4/4 上に 5連系フィギュア)

ベース

  • ドラムとギターの“揺れ”の橋渡しとして最重要
  • しばしばベースだけが異なるサイクルのフレーズを演奏する

ボーカル

  • 曲構造に縛られない“独立軸”の表現が特徴
  • DEPではグロウル、スクリーム、クリーンの急切り替え

Mathcoreの主要作品年表

flowchart TD A["1997:The Dillinger Escape Plan 結成"] --> B["1998:Under the Running Board"] B --> C["1999:Calculating Infinity"] C --> D["2002:Botch 解散"] D --> E["2005:Meshuggah / Catch Thirtythree"] E --> F["2007:DEP / Ire Works"] F --> G["2013:Car Bomb / w^w^^w^w"] G --> H["2016:DEP 活動終了"]

サウンドデザイン:複雑性を支える音響

ミックス技術

Mathcoreでは歪んだギターが複数トラック重なるため、周波数帯域の整理が必須となる。 特に 2〜5kHz の帯域はアタック音が密集しやすく、この部分を適切に処理しないと音の輪郭が不鮮明になってしまう。

ドラム録音

  • キックとスネアの“芯”を強調
  • Tomの定位はリニアではなく、楽曲の複雑性に合わせて独特の配置にされることも多い

ジャンルへの波及

Mathcoreは2000年代以降、多様な派生ジャンルへ影響を与えた。

Djentへの貢献

Meshuggahの影響力が顕著。変則拍子と低音7弦〜8弦ギターの導入が後続を牽引した。

Experimental Metal

DEPやCar Bombの断片化構造は、多くの現代系メタルバンドに取り込まれた。

Post-Metal / Noise系

複雑なリズム構造はそのままに、空間系サウンドやアンビエント要素と結びつくケースが増え、多層構造化が進んだ。


Mathcoreの現在地

2010年代後半〜2020年代のMathcoreは、よりテクノロジーとの融合が進み、リズムの変則性はそのままに、サウンドデザインの緻密化 が著しい。

Car Bomb、Frontierer、Rolo Tomassi などが新世代を形成している。


まとめ

Mathcore / Experimental Metal は、単に“複雑で激しい”音楽ではなく、ハードコアの精神、ジャズの自由度、プログレの構造美、メタルの剛腕が複合した 高度に構築された音楽体系 である。 その核心は、複雑性そのものにあるのではなく、複雑性とカオスが一体化した結果生まれるダイナミズム にある。


Monumental Movement Records

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