【コラム】 Santoor: インド古典音楽における響きの革新と現代的再解釈

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【コラム】 Santoor: インド古典音楽における響きの革新と現代的再解釈

序章:無数の弦が語るインド音楽の時間感覚

文:mmr|テーマ:インド古典楽器サントゥールが辿った歴史と、伝統を更新し続ける現代的解釈の全体像

サントゥールは、インド古典音楽の中でも比較的新しく主流化した楽器でありながら、極めて古層の音楽観と結びついている。木製の共鳴箱の上に張られた無数の金属弦を、細いマレットで打ち鳴らすという構造は、旋律とリズムを分離せず、音の粒子そのものを時間の流れとして扱う。

インド古典音楽において重要なのは「旋律がどこへ向かうか」よりも、「音がどのように立ち上がり、どのように消えていくか」である。サントゥールはその思想を最も直接的に可視化する楽器だと言える。

サントゥールは、音を並べる楽器ではなく、時間を振動として提示する存在である。


サントゥールの起源と地理的背景

サントゥールの原型は、古代ペルシアや中央アジアに分布した打弦楽器に遡ると考えられている。サントゥール、サントゥール、サントゥールと呼ばれる類似楽器は、イラン、イラク、トルコ、カシミール地方に広く存在してきた。

インド亜大陸においては、特に北部カシミール地方で発展したカシミール・サントゥールが重要である。この地域では、スーフィズムや宮廷文化と結びついた世俗音楽の中でサントゥールが用いられ、歌唱の伴奏楽器として機能していた。

flowchart LR A[ペルシア系打弦楽器] --> B[中央アジア] B --> C[カシミール地方] C --> D[インド北部音楽文化]

サントゥールは単独で生まれた楽器ではなく、交易路と文化交流の中で形作られた。


インド古典音楽における異端的存在

ヒンドゥスターニー音楽の主流楽器であるシタール、サロード、バンスリは、いずれも持続音と滑音を重視する。これに対し、サントゥールは打弦楽器であるがゆえに、音の持続が短く、ミーンド(滑音)を直接表現することが難しい。

そのため、長らくサントゥールは「古典楽器として不完全」と見なされてきた。しかしこの制約こそが、後に独自の解釈を生む土壌となった。

制約は欠点ではなく、新しい音楽語法を生むための条件となった。


パンディット・シヴクマール・シャルマによる革新

20世紀後半、サントゥールをインド古典音楽の正式な独奏楽器へと押し上げた人物が、パンディット・シヴクマール・シャルマである。彼はサントゥールの弦構成を改良し、ラーガ演奏に必要な音階体系を実現した。

また、打弦による音の粒立ちを活かし、ガマカやミーンドを擬似的に再構築する奏法を確立したことで、サントゥールは旋律楽器としての地位を獲得した。

シャルマの功績は、楽器を変えたのではなく、楽器の聴かれ方を変えた点にある。


ラーガとターラの中のサントゥール

サントゥール演奏においても、ラーガの時間帯、感情的性格、音階構造は厳密に守られる。打弦による明瞭なアタックは、アーラープの静的な展開に新たな緊張感を与える。

ターラに入ると、サントゥールは旋律とリズムの境界を曖昧にし、打楽器的な推進力を持ち始める。この二重性が、他の旋律楽器にはない魅力を生む。

サントゥールは、旋律とリズムの中間領域に存在する楽器である。


録音技術とサントゥールの拡張

20世紀後半以降、録音技術の進歩はサントゥールの評価に大きく影響した。短い減衰音を持つサントゥールは、マイクロフォンによって細部が強調され、立体的な響きを獲得した。

これにより、ソロ演奏だけでなく、アンサンブルや映画音楽への応用が進んだ。

テクノロジーはサントゥールの音量ではなく、存在感を拡張した。


現代音楽・フュージョンへの接続

サントゥールは1970年代以降、ジャズ、アンビエント、ミニマル音楽と接続していく。規則的な打弦パターンは反復構造と相性が良く、ドローンや電子音響との融合も進んだ。

インド古典の枠組みを離れた演奏においても、ラーガ的思考は音の選択に影響を与え続けている。

伝統から離れた場所でも、サントゥールの思考様式は失われていない。


現代解釈における演奏美学

現代のサントゥール奏者は、純粋な古典演奏と実験的表現を往復する。完全な即興性、音響的テクスチャ、沈黙の扱いが重視され、サントゥールは音楽的オブジェとして再定義されつつある。

演奏はしばしば弱音から始まる。マレットが弦に触れた瞬間、明確な打撃音よりも先に、金属弦が空気を押し分ける気配が立ち上がる。その直後に現れる倍音は、個々の音程を曖昧に溶かしながら、持続する響きの雲を形成する。

サントゥールは演奏される楽器から、聴取空間を形成する存在へと変化している。


カシミール民謡とサントゥールの共生関係

カシミール地方において、サントゥールは古典音楽以前に民謡文化と深く結びついていた。結婚儀礼、季節祭、宗教的集会などの場で、歌の旋律をなぞるように演奏されることが多かった。

民謡伴奏としてのサントゥール演奏では、厳密な音階よりも、旋律の抑揚と語り口が優先される。マレットは一定の強さで振り下ろされるのではなく、歌い手の息遣いに合わせて速度と角度を微妙に変える。

カシミール民謡におけるサントゥールは、旋律を支配するのではなく、語りを包み込む役割を担っていた。


他地域サントゥールとの比較:イランを中心に

イランのサントゥールは、インドのものと比べて弦数が少なく、音域も整理されている。旋律はより明確に区切られ、即興は装飾音の変化によって展開される。

インド・サントゥールが連続的な音響の流れを重視するのに対し、イラン・サントゥールは音符単位の構築性が強い。演奏時、マレットは弦に対して垂直に近い角度で打ち下ろされ、アタック音がはっきりと前景化する。

同じ名称を持つ楽器でありながら、その音楽思想は地域ごとに大きく異なる。


弦構造と調弦思想の詳細

インド古典サントゥールは、100本前後の弦を持ち、それらは複数本ずつのコースに分けられている。各コースは同一音高に調弦され、音量と倍音の安定を確保する。

調弦はラーガごとに変化し、主音と属音が特に強調される配置が取られる。これにより、演奏中に不要な音を避けつつ、共鳴による自然なドローンが生まれる。

調弦は準備作業ではなく、演奏の一部として機能する思想である。


アンビエント/ミニマル音楽との構造的親和性

現代解釈において、サントゥールはアンビエントやミニマル音楽と高い親和性を示す。反復される短いフレーズは、時間感覚を拡張し、聴取者を非線形な状態へ導く。

演奏では、同一音型がわずかに強弱を変えながら反復される。最初は単なる打音に聞こえたものが、次第に連続する波として知覚され、音と音の境界が溶けていく。

サントゥールは、構造を聴かせるのではなく、構造が知覚される過程を提示する。


年表:サントゥールの歴史的展開

timeline 紀元前 : ペルシア系打弦楽器の成立 中世初期 : 中央アジア交易路での拡散 14世紀 : カシミール地方での定着 17世紀 : 宮廷音楽と民謡での使用拡大 19世紀 : 世俗楽器としての位置付け 1950年代 : シヴクマール・シャルマによる改良 1960年代 : 古典独奏楽器として認知 1970年代 : 国際公演と録音の普及 1980年代 : 映画音楽への導入 1990年代 : フュージョン/実験音楽との接続 2000年代 : アンビエント・現代音楽での再評価

サントゥールの歴史は、音楽様式の変化ではなく、聴かれ方の変遷として理解できる。


終章:振動としての文化記憶

サントゥールは単なる民族楽器ではない。それは、音が時間をどう記憶するかという問いに対する、一つの答えである。無数の弦が同時に鳴るとき、個々の音は消え、全体としての響きだけが残る。

この特性こそが、サントゥールが現代においても更新され続ける理由である。

サントゥールは、過去を保存する楽器ではなく、過去を現在に変換する装置である。


Monumental Movement Records

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