【コラム】 Experimental Folk / Psych Folk(実験フォーク)とは何か:アコースティックと実験音楽の交差点

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【コラム】 Experimental Folk / Psych Folk(実験フォーク)とは何か:アコースティックと実験音楽の交差点

Experimental Folk / Psych Folk(実験フォーク)とは

文:mmr|テーマ:Comus、Espers、Current 93 を中心とした時代変遷・技法・文化背景について

Experimental Folk(実験フォーク)およびPsych Folk(サイケデリック・フォーク)は、アコースティック楽器を基盤にしながら、
・不協和
・ドローン
・語り/朗読
・民族音楽的要素
・電子音やテープ操作
などを取り込むことで、フォーク音楽の枠を拡張してきたジャンルである。

1960年代後半のサイケデリック運動、英国フォーク・リバイバル、米国のアシッドフォーク、そして1980〜2000年代のポスト・インダストリアル/実験音楽シーンまで、広範囲にわたって点在している。
そのため、同ジャンルは「統一された音」よりも、アコースティックを軸に“音響的実験”が行われることそのものによって定義される。

本稿では、し、Jekyllブログ投稿として利用できる実用的な資料として構築する。


1. 起源:1960年代後半〜70年代前半のフォーク・サイケデリア

英国フォークとアシッドフォーク

Experimental Folk / Psych Folk の最初期と言えるのは、1960年代後半〜70年代初頭のアシッドフォーク(Acid Folk)に求められる。代表例は以下のとおり。

  • The Incredible String Band
    スコットランドのデュオ。東洋楽器やマイクロトーナルなアプローチ、儀式的な楽曲構造を導入。
    Psych Folk の原型を作ったグループとされる。

  • Comus(1969–)
    1971年のデビュー作 “First Utterance” は、英国フォークの文脈にありながら、
    ・不気味なヴォーカル
    ・不協和的なアコースティックギター
    ・フルート、ヴァイオリンの狂騒的アレンジ
    などにより、のちのダークフォーク/アシッドフォークに決定的な影響を与えた作品として評価されている。

Comusは商業的成功には至らなかったが、のちの Current 93 や多くのダークフォーク系アーティストが影響を語っている。


2. 1970年代:アメリカの内省的フォークと実験性の萌芽

アメリカでは、サイケ・フォークは英国ほど集団的ムーブメントとして定義されなかったが、以下の潮流が重要である。

  • John Fahey とアメリカン・プリミティブの系譜
    即興・ドローン・ノイズ的動機を伴うフィンガーピッキング。
    Fahey は「フォークギターの実験者」として後続に大きく影響。

  • Tim Buckley の後期作品
    ジャズ的フレージング、非直線的な構造をフォークに導入。

  • Linda Perhacs(“Parallelograms”, 1970)
    テープ処理、ストリングス、コーラスワークを組み合わせた実験的プロダクション。

この時期、アメリカの実験フォークは「シンガーソングライターの個人的実験」として点在し、ムーブメントとして顕在化はしなかった。しかし後述する90年代以降のリバイバルの音源的土台となる。


3. 1980〜90年代:Industrial / Neofolk の影響と Current 93 の役割

1980年代〜90年代には、イギリスのポスト・インダストリアルシーンから、アコースティック要素を持つ“ネオフォーク”(Neofolk)が出現する。
その中心的存在のひとつが Current 93(デイヴィッド・チベット主宰)である。

Current 93 の特徴

  • 初期はノイズ/インダストリアル要素が強かった
  • 1990年代以降、ハーモニウム、ギター、ハーディガーディ、パーカッションなどアコースティック楽器中心へ移行
  • 神秘主義や詩的朗読を重視
  • Comus や英国フォーク的アプローチを継承
  • Nick Cave、Michael Cashmore、Ben Chasny(Six Organs of Admittance)など多くのアーティストが参加

「実験音楽 × アコースティック × 詩的朗読」という現在の Experimental Folk の特徴を定義した存在である。

Neofolk との交差点

Neofolk(Death in June、Sol Invictus など)は政治的議論を呼ぶことが多いが、音響的には
ミニマル編成 × フォークギター × ドローン × 荘厳な詩
といった要素が Psych Folk の実験志向と接続している。


4. 2000年代:ニュー・サイケデリアとインディ・フォークの収斂 —— Espers の登場

2000年代には、アメリカ東海岸を中心に Psych Folk / Freak Folk の新潮流が生まれる。
Espers(フィラデルフィア、2002–)はその代表格。

Espers の音楽的特徴

  • アコースティックギター、ハープ、ドローン的シンセ
  • ブリテン諸島の伝統フォークの和声感
  • 静謐で多層的なヴォーカル
  • Electric / Drone Folk の要素
  • 1960–70年代アシッドフォークの文脈を現代的に再構築

彼らは Psych Folk をインディロック/アンビエント/ドローンの領域へと架橋し、2000年代の Experimental Folk 再興に重要な役割を果たした。

同時期の関連アクトには

  • Devendra Banhart
  • Six Organs of Admittance
  • Animal Collective(初期)
  • Faun Fables
    などが挙げられる。

5. 2010年代以降:ドローン、エレクトロアコースティック、現代音楽との融合

2010年代には、Experimental Folk はアコースティックと現代音楽の境界を曖昧にし始める。

注目点

  • ドローンフォーク(Drone Folk)の台頭
    → Earth(ドローンメタル出身)、Grouper、Julianna Barwick など
  • テープ処理 × アコースティック
  • 室内楽・ミニマル音楽の導入
  • 環境音/フィールドレコーディングとの融合

この頃から Experimental Folk はジャンル的境界がさらに広がり、
Ambient / Drone / Chamber Folk / Post-Industrial / Acoustic Minimalism
などに分岐・重なり合う形で発展する。


6. 技法解析:Experimental Folk を成立させる要素

音響的特徴

  1. アコースティックが中心
    ギター、バンジョー、ハープ、フィドル、パーカッションなど
  2. 非西洋楽器の導入
    シタール、ダルブッカ、ハーディガーディ
  3. ドローン
    シンセ、オルガン、弦楽器による持続音
  4. 不協和・変則チューニング
    Open tuning、マイクロトーン
  5. 語り・朗読(Spoken word)
    Current 93 や Neofolk系で顕著
  6. テープループ / 反転処理 / 残響の強調
  7. 民族音楽・スピリチュアル要素
    旋法、儀式的リズム、宗教詩など

テーマ的特徴

  • 神秘主義・寓話・宗教象徴
  • 自然主義・田園的情景
  • 精神世界・内省
  • 民話/伝承の引用
  • 非日常感、変性意識の想起(サイケデリア由来)

7. Comus・Espers・Current 93 の位置付け

アーティスト 地域 活動時期 位置付け
Comus 英国 1969– アシッドフォークの原点。ダークフォークの雛形。
Current 93 英国 1982– ポストインダストリアルとアコースティックの融合。ネオフォークの中心。
Espers 米国 2002– 2000年代の Freak Folk / Psych Folk 再興の象徴。

この3者を並列すると、Experimental Folk が「連続したジャンルではなく、複数の文化的潮流がアコースティックを基点に実験的に接続する現象」であることが理解できる。


8. 時代別:Experimental Folk / Psych Folk 主要年表

timeline title Experimental Folk / Psych Folk 年表 1960s : 英国フォークリバイバル、The Incredible String Band が活動開始 1971 : Comus "First Utterance" 発表 1970s : John Fahey らがアメリカン・プリミティブを拡張 1982 : Current 93 活動開始 1990s : ポストインダストリアル系ネオフォークが定着 2002 : Espers 活動開始、Psych Folk / Freak Folk リバイバル 2010s : ドローン、アンビエント、室内楽的アプローチとの融合 2020s : インディ・クラシカル/アートポップとの交差が拡大

9. Experimental Folk の音響構造:図解

flowchart TD A["アコースティック基盤(ギター/弦楽器)"] --> B["ドローン/持続音"] A --> C["民族音楽的要素(旋法/打楽器)"] A --> D["語り・朗読"] B --> E["Psych Folk / Drone Folk"] C --> F["Freak Folk / Ritual Folk"] D --> G["Post-Industrial / Neofolk"] E --> H["現代アンビエントとの融合"] F --> H G --> H

10. 現在の位置づけ:境界の曖昧化

2020年代の Experimental Folk はジャンルとしてより広がり、

  • インディロック
  • アンビエント
  • 現代クラシック
  • 映像音響
  • 実験ポップ
    の境界と接続している。

その結果、Comus の暗黒フォーク性、Current 93 の詩的実験、Espers の多層的アレンジが同時に参照される状況が続く。
つまり、Experimental Folk は「アコースティックを中心に異種要素を接続する創作的プロセス」へと変化し、ジャンルよりも方法論として理解されている。


結論:Experimental Folk は“音響的実験の場”である

Experimental Folk / Psych Folk は、アコースティック楽器という制約の中で、
・音響的冒険
・詩的世界観
・民族音楽や宗教象徴との交差
を試みる場であり、その核心は創作手法そのものの実験性にある。

Comus の異様なアシッドフォーク、Current 93 の宗教的朗読、Espers の静謐な多層アレンジ。
これらは共通して、フォークを“素材”として扱い、音響的/文化的に解体・再構築してきた。

実験音楽とフォークミュージックは決して遠い存在ではなく、アコースティックの素朴さはむしろ実験の余地を大きくする。
その結果として生まれてきた「境界の音楽」が Experimental Folk / Psych Folk なのである。


Monumental Movement Records

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