【コラム】 Dungeon Synth ─ ブラックメタルから分岐した地下アンビエントの美学

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【コラム】 Dungeon Synth ─ ブラックメタルから分岐した地下アンビエントの美学

Dungeon Synth ─ ブラックメタルから分岐した地下アンビエントの美学

文:mmr|テーマ:ブラックメタルから派生した地下アンビエント・ジャンル Dungeon Synth の歴史、制作技法、文化的位置づけについて

Dungeon Synth(ダンジョン・シンセ)は、ブラックメタルの精神性とファンタジー/中世世界観をミニマルなシンセサウンドで表現する音楽ジャンルである。
その始まりは1990年代前半のヨーロッパ極端音楽シーンに求められるが、2010年代後半からBandcamp文化の拡大とともに第二/第三世代が急伸し、今や巨大なDIYネットワークへと発展した。


■ 1. 定義と特徴

Dungeon Synth は以下のような特徴を持つ。

  • ブラックメタル由来の精神性
    • 気候の厳しい空気感、孤独、ロマン主義、メランコリー
  • ファンタジー/中世世界観
    • ダンジョン、城壁、森、魔術、神話などの視覚的・物語的イメージ
  • ミニマルなシンセサウンド
    • ローファイ、テープ質感、安価なPCM音源、古楽風の旋律
  • DIY主義
    • 個人制作・個人リリース・Bandcamp中心
  • 演奏よりも「情景の提示」を重視

結果、音楽は「映画の無いサウンドトラック」「卓上RPGのための環境音楽」「孤独な城の中に響く鍵盤」と形容されることも多い。


■ 2. 歴史 ─ 原初期から現代まで

以下では、ジャンル誕生から現在に至る重要な潮流を整理していく。

● 2-1. 原初期(1991–1994)

1990年代初頭、北欧ブラックメタルの周縁で、アーティストたちは音数を極限まで削った「鍵盤主体の暗いアンビエント」を制作し始めた。

特に重要なのは:

  • Mortiis(ノルウェー)
    元Emperorのメンバー。中世ファンタジー的な“Dark Dungeon Music”スタイルを確立。
  • Burzum(ノルウェー)初期の鍵盤曲
    『Hvis Lyset Tar Oss』終曲や『Filosofem』収録のアンビエントトラックは、後のDungeon Synthに強い象徴性を残した。

これらは“ジャンル名としての Dungeon Synth”以前の音源だが、のちの世代から明確に源流として扱われている。

● 2-2. 第一次波(1995–2000)

1995年〜2000年にかけて、Mortiis“Era I”や、Cernunnos Woods、Depressive Silence、Old Towerに先行するヨーロッパの若いプロジェクトが、テープを中心に作品を分散して発表。
この時期、ジャンル名はまだ確立されていなかったが、海外のZineではすでに“Dungeon Music”などの表現が使われていた。

● 2-3. 空白〜再評価(2001–2010)

メタル・シーンの主流から外れ、2000年代半ばまでジャンルは小さなコミュニティ内に留まる。
しかし、2000年代後半、初期ブラックメタル再評価が進むにつれて、Mortiis Era I の再発が行われ、世界的に再注目され始める。

● 2-4. 第二波(2010–2015)

インターネット環境の変化とBandcampの普及が決定打となった。

  • Bandcampの台頭(2010年代初頭)
  • Reddit / Forumで“Dungeon Synth”の呼称が定着
  • Dark Age Productions などのレーベル活動が再活性化

この時期、Atmospheric Black Metalと並行して、より静かで没入度の高い作品が海外で増加し、サブカルチャーとしてのまとまりが形成される。

● 2-5. 第三波(2016–2023)

ジャンルが急成長した最重要時期。

  • Old Tower(オランダ)
    荘厳・レイヤー構成のスタイルで現代Dungeon Synthの中心を担う。
  • Thangorodrim(ポルトガル)
    初期ローファイ感とクラシックなファンタジー世界観を再提示。
  • Fief(アメリカ)
    明るくメロディックな側面を提示し、ファン層を拡大。

このころ、YouTubeに大量のミックス動画がアップロードされ、Twitch配信者がBGMとして使用するなどして認知が劇的に拡大した。

● 2-6. 現代(2024–)

2020年代後半には次の特徴が見られる。

  • ジャンル内の細分化(Forest Synth、Winter Synth、Heroic Synth など)
  • カセット文化の再拡大
  • アジア圏からの参加が増加(日本、中国、韓国、台湾など)

■ 3. 年表(Mermaid)

timeline title Dungeon Synth 年表 1991 : Burzum 初期鍵盤曲の制作開始 1993 : Mortiis Era I 始動 1995 : Depressive Silence など欧州地下シーンの活性化 2000 : CD/テープ市場の縮小でジャンル停滞 2007 : 初期作品の再発が進む 2012 : Bandcamp文化により再興 2015 : Dungeon Synth フォーラム活発化 2016 : Old Tower、Thangorodrim台頭 2020 : ジャンル細分化・世界的普及 2024 : アジア圏シーン拡大

■ 4. サウンドデザイン:Dungeon Synth の制作技法

Dungeon Synth は「機材の制約を美学として昇華したジャンル」である。
以下では、実際の制作に用いられてきた音源・MIDI運用・エフェクト手法を整理する。


● 4-1. 使用される音源(シンセ・プラグイン)

■ 古典的なPCM音源

多くのアーティストが、90年代のゲーム機やPCMキーボードの質感を求めた。

  • Roland JV/XPシリーズ(実機またはサンプリング)
  • Yamaha PSRシリーズ(安価な家庭用キーボード)
  • Korg Triton / M1 サンプル音源
  • General MIDI音色(GM音源)

GMピアノ、Choir Aahs、Strings、Padなど、チープさとノスタルジアが価値として扱われる。

■ ソフトシンセ

現代では次がよく使用される:

  • DSK系無料VST
    • DSK ChoirZ、DSK Stringsなど
  • Kontaktライブラリ(古楽器・パッド)
  • Helm・Surgeなどの無料シンセ

ローファイさを保つため、あえて低ビットレートのサンプルを使用する場合も多い。


● 4-2. MIDIアレンジ技法

Dungeon Synthでは、複雑な演奏より 反復・少数の動機・長尺パッド が重視される。

▼ 和声の特徴

  • 自然短音階(ナチュラルマイナー)
  • ドリアン、フリジアンなど暗めのモード
  • 完全五度(パワーコード風)が多用される
  • トライアドよりも オクターブ重ね を優先

▼ メロディの動き

  • 半音階よりも 全音・単純な旋律 が中心
  • ゆっくりしたテンポ(40〜70 BPM)

▼ リズムの扱い

Dungeon Synthはしばしばリズムなし(ドラムレス)
あっても小さなタム、パーカッション、軽いティンパニが控えめに鳴る程度。


● 4-3. ローファイ質感の作り方

Dungeon Synthの「地下性」を演出する重要技法。

■ Bit Reduction(ビットクラッシャー)

8〜12bit程度の粗さを付与すると90年代感が強まる。

■ テープシミュレーション

  • Saturation(軽い歪み)
  • Wow & Flutter(揺れ)
  • Noise(テープヒス)

実際にカセットに落として録音し直すアーティストも多い。

■ EQ処理

  • ロー(100Hz以下)を削る → モノラル的・古い機材の質感へ
  • ハイ(6〜8kHz以上)を削る → デジタル臭さを除去

■ リバーブ

Dungeon Synthらしさを演出する最重要エフェクト。

特に使用されるのは:

  • Hall(中世の大広間のような空間感)
  • Plate(古風な金属的残響)
  • Early Reflections少なめ/ディケイ長め

■ ステレオ幅

  • パッドは広め
  • メロディラインは中央
  • ベースは完全モノラル

■ 5. Mermaid 図:音響構造

flowchart TD A["Pad / Drone 層"] --> Mix["Main Mix"] B["Choir / Stringsメロディ"] --> Mix C["低音Drone / Octave Bass"] --> Mix D["軽いPerc / Timpani"] --> Mix Mix --> FX1["EQ: High Cut / Low Cut"] FX1 --> FX2["Reverb: Hall / Plate"] FX2 --> Master["Mastering: Tape, Bitcrush, Limiter"]

■ 6. Dungeon Synth の美学:世界観と視覚デザイン

Dungeon Synthは音楽以上に「世界観の構築」が重視される。

● 6-1. 典型的なイメージ

  • 石造りの地下廊下
  • 古城の大広間
  • 松明の明かり
  • 雪深い森
  • ファンタジーRPG的な地図

現代のアーティストは、手描きイラスト、ドット絵、AI生成、写真加工など多様な表現を用いている。

● 6-2. ジャケット文化

  • カセット用の小規模アート
  • Bandcampジャケットを前提とした縦長画像
  • わずかに汚し処理したフォント

視覚の影響は非常に大きく、作品の世界観を補完する役割を担う。


■ 7. 代表的アーティスト・作品(事実のみ)

● 起源〜第一次波

  • Mortiis – Era I(1993–1999)
  • Burzum – 『Filosofem』(1996)収録アンビエント曲
  • Depressive Silence(ドイツ)

● 第二波(2010–2015)

  • Murgrind
  • Erang(中世ファンタジーをテーマに多数の作品を制作)
  • Sequestered Keep

● 第三波(2016–2023)

  • Old Tower(オランダ)
  • Thangorodrim(ポルトガル)
  • Fief(アメリカ)

● 現代(2024–)

  • 多国籍化・細分化が顕著。
    Forest / Winter / Heroic / Cosmic Synth などのテーマが増加。

■ 8. Dungeon Synth の制作プロセス(実用ガイド)

以下は、実際に1曲を作るためのプランである。

● Step 1:鍵盤の準備

  • 25鍵〜49鍵のMIDIキーボードで十分
  • 低価格ソフト音源でOK

● Step 2:パッド(Drone)の作成

  • Minorコードを長く伸ばす
  • Low-passフィルタで柔らかく
  • テープシミュで少し揺らす

● Step 3:メロディ

  • 単純なモチーフを反復
  • 和声はあまり変えず「物語的」な展開を作る

● Step 4:装飾音

  • 鐘、風、足音、環境音を薄く重ねる
  • ChoirやStringsで和声を補強

● Step 5:リバーブ

  • Hall+長いディケイ(4〜8秒程度)
  • Dampingを多めにして暗くする

● Step 6:マスタリング

  • テープ感・ローファイ処理
  • リミッターは軽め(ジャンル的に過度な圧縮は不要)

■ 9. Dungeon Synth の文化的意義

Dungeon Synthは、ブラックメタルの強烈な世界観とアンビエントの静謐さを結びつけた希有な音楽であり、“内的世界の構築”を志向する文化である。

  • 大規模シーンに依存せず、個々の創作者が独自の物語を紡ぐ
  • ファンタジー文学、TRPG、ゲーム音楽の美学と強く結びつく
  • 極端音楽の周縁にありながら国際的に交流が盛ん

2020年代以降「Bandcamp最強のDIYジャンル」と呼ばれることもあるほどで、今後も静かに拡張し続けるだろう。


■ 10. まとめ

Dungeon Synthは、
・ブラックメタルの精神性
・ファンタジーの物語性
・ローファイ・シンセ音楽のDIY性

の3つが結びついて成立した、独自の文化圏である。

音響は単純だが、意図的に制約を課すことで強固な美学が生まれ、世界中のクリエイターが作品を制作し続けている。


Monumental Movement Records

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