【コラム】 ディジュリドゥ音楽とオーストラリア先住民文化

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【コラム】 ディジュリドゥ音楽とオーストラリア先住民文化

ディジュリドゥとは何か

文:mmr|テーマ:オーストラリア北部先住民社会に根づくディジュリドゥ音楽を、地域差・言語差・部族事例から多層的に読み解く文化史

ディジュリドゥは、オーストラリア先住民アボリジニ諸社会のうち、主として北部沿岸から内陸部にかけて分布する地域で用いられてきた伝統的な管楽器である。一般にはユーカリの木幹がシロアリによって自然に空洞化したものを素材とし、片側の開口部に蜜蝋を塗って口当たりを調整する。構造は極めて単純だが、発せられる音は単音的なドローンに留まらず、倍音、リズム、発声を組み合わせた複雑な音響層を持つ。

今日一般化している「ディジュリドゥ」という名称は、先住民の言語に由来するものではなく、20世紀初頭に英語話者によって擬音語的に作られた呼称である。先住民社会では楽器は土地と言語に結びついて命名されており、名称の違いは文化圏の違いを反映している。

ディジュリドゥは単一の楽器ではなく、地域ごとに異なる文化的実践の総称である。


起源と歴史的射程

ディジュリドゥの起源については、明確な年代を示す考古資料は存在しない。木製であるため物理的遺存が難しく、現在の理解は岩絵、口承伝承、植民地期以降の民族誌資料に依拠している。北部アーネムランドの岩絵には、長い管状楽器を演奏する人物像が描かれており、少なくとも数百年、場合によっては1000年以上の歴史を持つ可能性が指摘されている。

重要なのは、ディジュリドゥがオーストラリア全土に自生的に存在したわけではない点である。南東部、タスマニア、中央砂漠地帯の多くでは、接触以前に同様の楽器文化は確認されていない。つまりディジュリドゥは「アボリジニ一般」の象徴ではなく、特定地域の文化的産物であった。

起源の限定性は、先住民文化の多様性を理解する出発点となる。


地域別分布と文化圏

ディジュリドゥ文化の中核は、現在のノーザンテリトリー北東部から西部に広がるアーネムランド一帯である。この地域は言語的・文化的に極めて多様であり、楽器の形状、奏法、役割にも差異が見られる。

西アーネムランドでは比較的短く太い楽器が多く、リズム重視の奏法が発達した。一方、東アーネムランドでは細長く、安定したドローンを保つ演奏が重視される傾向がある。これらの違いは単なる好みではなく、歌唱様式や舞踊構造との関係から生じている。

地域差は音楽単体ではなく、儀礼体系全体の差異として現れる。


言語差と名称の多様性

先住民社会では、楽器名そのものが土地権や物語と結びつく。東アーネムランドのヨルング族はディジュリドゥを「イダキ」と呼び、この名称は特定の制作法と音色を指す。イダキはヨルング法の歌系列に属する儀礼でのみ用いられる。

西部では「マゴ」「パンピ」「ブンブー」など複数の名称が存在し、言語境界とほぼ一致して分布している。名称の違いは、演奏できる人物、使用される場面、音楽的役割の違いを明確に区別する機能を持つ。

名称はラベルではなく、文化的制約を内包した規範である。


具体的部族事例:ヨルング族

ヨルング族は東アーネムランドに居住する大規模な言語文化圏であり、ディジュリドゥ文化研究の中心的存在である。彼らの社会では、歌系列は父系・母系双方の祖先系譜と結びつき、演奏資格は厳密に管理される。

イダキ演奏者は単なる音楽家ではなく、歌詞・舞踊・神話の知識保持者である必要がある。演奏は常に歌と踊りを支える位置にあり、独奏的に扱われることはない。

ヨルング社会では、音楽は知識体系の一部として継承される。


具体的部族事例:ビニンジ(西アーネム)

西アーネムランドのビニンジ系諸集団では、ディジュリドゥはよりリズム的役割を担う。舌打ちや声を用いた擬音的奏法が発達し、動物や自然現象を想起させる音型が多用される。

ここでは楽器制作も重要な知識領域であり、どの木を選び、どの方向に切り出すかが儀礼的意味を持つ。制作と演奏は分業されない場合も多い。

楽器制作そのものが文化実践の一部である。


性別・年齢と演奏規範

多くの地域でディジュリドゥは男性の楽器とされてきたが、その理由は生物学的ではなく儀礼的区分に基づく。女性は別の歌唱や打楽的要素を担い、音楽全体として役割分担が成立していた。

年齢についても制限があり、一定の成年儀礼を経なければ特定の歌系列を伴う演奏は許されなかった。これにより音楽は自然と世代間教育の装置となった。

演奏資格は排除ではなく、責任の所在を示す制度であった。


奏法の地域差

循環呼吸は広く共有される技法だが、その使われ方は地域により異なる。東部では持続音の安定性が重視され、西部では断続的なリズム変化が際立つ。

また、声を同時に発する技法も地域差があり、低い唸り声を加える例や、舌音を強調する例などが確認されている。これらは即興ではなく、歌系列ごとに定型化されている。

技法の違いは即興性ではなく、伝承体系の差異である。


植民地化による断絶と再編

19世紀以降の植民地化は、ディジュリドゥ文化に深刻な断絶をもたらした。土地喪失と強制移住により、儀礼の場そのものが消失した地域も少なくない。

20世紀に入ると、民族誌学者や宣教師による記録が進み、ディジュリドゥは「保存すべき文化」として扱われ始めた。この過程で、地域差が捨象され、単一イメージが形成された。

保存の名の下で、均質化が進行した側面もある。


文化復興運動と主体性

1970年代以降、先住民権利運動の高まりとともに文化復興が進んだ。ディジュリドゥ演奏は、土地権主張や教育活動の象徴として再評価された。

重要なのは、演奏や教授の主体が先住民自身に戻った点である。どの音楽を公開し、どれを内部に留めるかという判断が、コミュニティ単位で行われるようになった。

主体性の回復は、音楽の意味を再構築した。


年表

flowchart TD A[紀元前〜中世 北部で管楽器文化形成] --> B[18-19世紀 植民地化] B --> C[20世紀初頭 民族誌記録] C --> D[1970年代 文化復興] D --> E[21世紀 国際的再評価]

年表は変化と連続の両方を示している。


図:地域・言語・音楽の関係

flowchart LR Land[土地] --> Language[言語] Language --> Ritual[儀礼] Ritual --> Music[音楽] Music --> Instrument[ディジュリドゥ] Instrument --> Land

ディジュリドゥは文化循環の一要素として機能する。


同一歌系列における部族間比較

同一の祖先存在や神話的出来事を起源とする歌系列であっても、その実践は部族ごとに大きく異なる。歌系列は固定された「楽曲」ではなく、土地・言語・血縁関係に応じて変奏される枠組みとして理解される。

例えば、アーネムランド沿岸部と内陸部では、同じ祖先存在を扱う歌であっても、テンポ、リズム密度、ディジュリドゥの音型が異なる。沿岸部では潮汐や水鳥を想起させる滑らかなドローンが重視される一方、内陸部では足運びや狩猟動作と結びついた断続的リズムが強調される。

これらの差異は「解釈違い」ではなく、それぞれの土地における正当な継承形態である。同一歌系列は、複数の正解を内包する構造を持っている。

歌系列は統一性よりも、関係性によって成立している。


歌・踊り・ディジュリドゥの役割分化

部族間比較において重要なのは、ディジュリドゥが常に中心的存在ではない点である。ある地域では歌唱が主導権を持ち、別の地域では踊りが構造を決定する。その中でディジュリドゥは役割を変化させる。

東アーネムランドの一部では、ディジュリドゥは音高を極力変えず、歌詞のリズムと一致する安定した支えとして機能する。対照的に西部では、ディジュリドゥがリズム的合図を出し、踊り手の動きを導く役割を担う。

楽器の重要性は絶対的ではなく、構造内で相対的に決まる。


岩絵に見る音楽表象

北部オーストラリア各地の岩絵には、狩猟や儀礼の場面と並んで、長い管状の楽器を持つ人物像が描かれている。これらはディジュリドゥ、もしくはその前身的楽器を示すものと解釈されている。

岩絵における楽器描写は写実的記録というより、儀礼的行為の象徴である。人物の身体装飾や配置から、音楽が集団的実践として行われていたことが読み取れる。

ただし、岩絵は年代測定が難しく、単独で歴史を確定する証拠とはならない。口承伝承や民族誌資料との照合によって、はじめて意味を持つ。

岩絵は音楽の存在証明であり、詳細説明ではない。


口承伝承としての音楽知識

アボリジニ社会では、歴史や法は文字ではなく口承によって伝えられてきた。音楽はその中核的メディアであり、歌詞・旋律・リズムが情報単位として機能する。

ディジュリドゥの音型もまた、単なる伴奏ではなく、特定の祖先行為や土地の特徴を示す記号として扱われる。これらは文脈を失うと意味を失うため、外部への全面的公開が避けられてきた。

音楽は記憶装置であり、同時に選別装置でもあった。


岩絵・口承・現代記録の関係

現代の研究では、岩絵、口承伝承、20世紀以降の録音資料を相互参照する手法が取られている。いずれか一つだけでは文化の全体像を捉えることはできない。

録音技術の普及は保存を可能にしたが、文脈の切断という問題も生んだ。そのため近年は、演奏者自身が解説し、管理する形でのアーカイブ化が進められている。

記録は保存ではなく、関係構築の一形態である。


現在と未来

現在、ディジュリドゥは教育、健康、芸術の文脈で多様に用いられているが、伝統儀礼用の実践とは明確に区別されることが多い。先住民コミュニティは、開かれた共有と内部継承のバランスを模索し続けている。

地域差、言語差、歌系列の多様性が尊重される限り、ディジュリドゥ文化は単純化されることなく更新され続ける。

その音は、今も土地と人を結び直している。


Monumental Movement Records

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