【コラム】 DEVOとエナジードーム ─ テクノロジー時代のユートピアと退化論

Column 80s New-Wave Synth-Pop Techno
【コラム】 DEVOとエナジードーム ─ テクノロジー時代のユートピアと退化論

序章:赤いドームの意味とは

文:mmr|テーマ:DEVOの象徴「エナジードーム」を手がかりに、退化論、テクノロジー、DIY思想、そしてポップカルチャーの変容を読み解く

1970年代後半、アメリカのニューウェーヴ・バンド DEVO は、音楽だけでなく視覚的アイコンをもって新時代のポップアートを体現した。
その象徴が、彼らがステージやPVで着用した赤いプラスチック製の帽子──エナジードーム(Energy Dome)である。

この奇妙で未来的な造形は、ただの衣装ではなかった。
DEVOによればそれは「人間が無駄に放出するエネルギーを再利用するためのデバイス」であり、
退化(De-Evolution)という彼らの哲学を、ユーモアと皮肉で具現化した装置でもあった。


第1章:退化論(De-Evolution)という思想

DEVOというバンド名は “De-Evolution”──「人類は進化していない、むしろ退化している」という逆説的な概念に由来する。
この思想は、1960年代末から70年代にかけてのアメリカの混乱――ベトナム戦争、環境汚染、消費社会の暴走――への反応として生まれた。

オハイオ州アクロン出身のMark MothersbaughGerald Casaleは、美術と政治を学ぶ中で「進化神話への疑念」を抱く。
彼らは、宗教的進歩主義もテクノロジー信仰も、結局は同じ幻想の変種だと気づき、それを皮肉るために「退化するポップ」を構想した。

“We’re all DEVO.”(僕らはみんな退化しているんだ)
— Mark Mothersbaugh

このフレーズは、彼らにとっての反体制スローガンであり、同時に社会風刺の呪文だった。


第2章:アート・スクールからの出発

DEVOは、最初から「音楽ユニット」であると同時に「マルチメディア・プロジェクト」でもあった。
彼らはライブでスライド映像を投影し、手作りのビデオやパフォーマンス・アートを展開する。
1976年の初期映像『The Truth About De-Evolution』は、アメリカの退廃を記録する実験映画として知られる。

この作品は1977年にアナーバー映画祭で賞を取り、David BowieIggy Popの目に留まった。
その後、DEVOはワーナー・ブラザーズと契約し、Brian Enoをプロデューサーに迎えてデビューアルバム『Q: Are We Not Men? A: We Are DEVO!』(1978)を発表する。


第3章:エナジードームの登場と意味構造

エナジードームが初めて登場したのは、1980年のアルバム『Freedom of Choice』期である。
その形状は、古代建築やインカの段状ピラミッドを思わせる。
Mark Mothersbaughは後年こう語っている:

“It was designed according to ancient energy principles — it recycles the energy that escapes from the top of your head.”
(それは古代のエネルギー原理に基づいて設計された。頭頂から逃げるエネルギーをリサイクルするんだ)

この「リサイクル」という言葉が重要だ。
DEVOにとって、テクノロジーは支配の象徴ではなく、再利用・再定義の手段である。
つまり、「システムの中でシステムを笑う」ためのユーモアの装置がエナジードームなのだ。


第4章:DIY文化とテクノ・アナーキズム

DEVOは、商業ロックへの皮肉を込めながらも、自家製の電子機器やシンセサイザーを使ってサウンドを作り出した。
RolandやARPのシンセを独自改造し、プロト・テクノ的なループ構造をライブで再現した。
その実践は、のちのインディペンデント/Lo-Fiムーブメントの原型ともいえる。

彼らは、企業社会を風刺しながら企業的手法(ロゴ・スローガン・製品化)を逆手に取った。
DEVO自身が「ブランド」となり、反資本主義的ブランドの矛盾を提示した点において、彼らはポストモダン以降のアート集団の先駆でもあった。


第5章:ポップとしての機能 ─ “Whip It”とその誤解

1980年の大ヒット曲 “Whip It” は、表面的には単なるコミカルなシンセ・ポップに聞こえる。
しかしその歌詞は、「自分で世界を修正せよ」という反・英雄主義のパロディだ。
DEVOのユーモアは、単なるナンセンスではなく、メディア操作社会への批評として機能していた。

音楽ビデオで彼らは、白い実験室、合成音、マシン的動作──すべてをポップな冷笑のフォーマットに収める。
これはWarhol的な反復美学とも通じ、アイロニーを美学化した最初の音楽グループと評される所以である。


第6章:社会風刺としてのコスチューム文化

エナジードームは、同時代のパンクが安全ピンやレザーで反抗を示したのに対し、未来的制服による従順のパロディを演じた。
「従順の演技こそ最も過激な抵抗である」──それがDEVOの逆説的メッセージだった。

図でその構造を簡略に可視化すると、次のようになる:

graph TD A["社会のシステム(資本・テクノロジー・マス)"] B["個人の服従"] C["DEVOの演技としての服従(エナジードーム)"] D["風刺・批評・脱構築"] A --> B B --> C C --> D

この「従順の演技」こそ、後のDaft PunkやKraftwerk、さらには現代の匿名系アーティスト文化へとつながる遺伝子である。


第7章:DEVOの映像文化とアニメ的構造

DEVOのMV群は、テレビ世代の情報過多を反映したポスト・アニメ的編集で構成されている。 早回し・逆再生・人工的動作の強調など、まるで人間そのものがロボット的存在になったかのようだ。 この映像スタイルは、のちに日本の『デトロイト・メタル・シティ』やPerfumeの演出美学にも影響を与えている。


第8章:90年代以降の再評価と再起動

1980年代後半、MTV文化の変質とともにDEVOは沈静化するが、 1990年代に入るとインターネット時代の先駆者として再評価される。 彼らの自己風刺的ブランド戦略は、ポストWeb 2.0の自己商品化を予見していたのだ。

2000年代には再結成し、“Something for Everybody” (2010) で「アルゴリズム時代の民主主義」を風刺。 2020年代にはNFTやAI文化をも対象に、退化論をアップデートし続けている。


第9章:年表で見るDEVOの軌跡

timeline title DEVO 年表(1973–2025) 1973 : オハイオ州アクロンで結成 1976 : 映像作品『The Truth About De-Evolution』制作 1978 : アルバム『Q: Are We Not Men?』リリース(プロデュース:Brian Eno) 1980 : 『Freedom of Choice』発表、エナジードーム登場 1981 : 『New Traditionalists』、シンセポップ期 1984 : 『Shout』でFairlight CMI導入 1990 : 活動休止 1996 : 再結成ライブ 2010 : 『Something for Everybody』発表 2020 : NFTアートで再注目 2025 : エナジードーム新バージョン公開(再生素材仕様)

第10章:エナジードームの今日的意義

エナジードームは、今なおDEVOファンの間で「思考のヘルメット」として愛されている。 コロナ禍では、フェイスシールド付きエナジードームが販売され、 環境問題への警鐘として再び注目を浴びた。

つまり、エナジードームは時代ごとに「変身」する社会装置なのだ。 そのたびに、私たちの「進化」幻想をからかいながら、 「退化の肯定」という異端の知恵を示してくれる。


結語:退化することの自由

DEVOのメッセージは単なる皮肉ではなく、自己変容のための哲学である。 「進化しなければならない」という圧力の中で、彼らはあえて退化を選んだ。 その選択が、むしろ人間的自由を回復する手段となる。

“Freedom of Choice is what you got. Freedom from choice is what you want.” ─ DEVO, Freedom of Choice (1980)

エナジードームとは、未来を閉ざすヘルメットではなく、 私たちが再び「選ばない自由」を手にするためのアイコンなのかもしれない。 —

関連資料・参考文献


Devo – New Traditionalists

「New Traditionalists」は1981年にリリースされたUSのニューウェイヴバンド、Devo(ディーヴォ)の4作目のアルバムであり、バンド初の完全セルフプロデュース・アルバム。

「Whip It」が収録された前作のアルバムFreedom Of Choice(欲望心理学)のヒットを受けて、このアルバムでは「脱進化」をコンセプトにシンセサイザーのリフとリズム&電子パーカッションに重点を置いたミニマルな雰囲気になっている。

Tracklist

A1. Through Being Cool
A2. Jerkin' Back 'N' Forth
A3. Pity You
A4. Soft Things
A5. Going Under

B1. Race Of Doom
B2. Love Without Anger
B3. The Super Thing
B4. Beautiful World
B5. Enough Said
B6. Working In The Coal Mine

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