はじめに — Broken Beat の誕生と文脈
文:mmr|テーマ:EUK Broken Beat とグローバル・ブラック・ミュージックの交差点について
1990年代後半、ロンドン西部のクラブ文化のなかで、ひとつの新しい音楽のムーヴメントが芽生えた。それは従来の4つ打ちハウスやドラムンベースとは異なる、複雑で跳ねるリズム、ジャズやファンク、ソウルの要素を大胆に取り入れた「Broken Beat(別名 ‘Bruk’)」と呼ばれるジャンルである。Broken Beat は単なる音楽のスタイルに留まらず、ロンドン西部の黒人コミュニティやクラブ文化、そしてアンダーグラウンドの創造的なネットワークを背景に発展した。
このムーヴメントの特徴は、ライブ楽器と電子ビートを融合させた独自のグルーヴである。ピアノ、キーボード、ホーン、パーカッションなどが生演奏として取り入れられ、そこに複雑なドラムパターンやハウスビートが重なる。その結果、ジャズ・ファンク・ソウルの遺産を引き継ぎながらも、クラブ音楽としての即時性やダンス性を兼ね備えた独特のサウンドが生まれた。
Broken Beat の成長には、Dego、Kaidi Tatham、IG Culture、Bugz in the Attic、Neon Phusion などのアーティストが大きく貢献した。特に Dego が主宰したレーベル 2000Black は、このジャンルの中心的拠点として機能し、多くの才能あるアーティストたちを輩出した。こうした背景のもと、Dego & Kaidi は協働関係を築き、UK のブラック・ミュージックの文脈を新たに拡張していく。
Dego と Kaidi
Dego (Dennis McFarlane)
Dego は、UK ジャングル/ドラムンベースの先駆的ユニット 4Hero の一員としてキャリアをスタートした。4Hero での経験を通じ、ジャズやファンクの要素を取り入れつつ、リズムの複雑さや電子的表現を追求。1998年には自らのレーベル 2000Black を設立し、Broken Beat を中心としたUKブラック・ミュージックの新たな拠点を築いた。Dego はソロや様々な別名義での活動を通じ、ジャズ、ファンク、ハウス、ドラムンベース、Broken Beat などのジャンルを横断し、多様な音楽性を提示してきた。
Kaidi Tatham
Kaidi Tatham は、マルチ奏者・プロデューサー・コンポーザーとして、鍵盤、フルート、打楽器などに精通している。若い頃からクラシックやゴスペル音楽に触れ、後にロンドンでパフォーミング・アーツを学んだ。1990年代後半には、IG Culture や Bugz in the Attic、Neon Phusion などの Broken Beat 系アーティストと共に活動を開始。ライヴとスタジオ双方で高い評価を受け、「UK の Herbie Hancock」と称されることもある。
Broken Beat シーンと 2000Black
Broken Beat は、West London を中心に発展したクラブカルチャーの産物である。IG Culture、Bugz in the Attic、Neon Phusion、Afronaught などが草分けとしてシーンを形成し、ジャズ、ソウル、ファンク、ラテン、ヒップホップ、ハウスといった要素を自由に組み合わせることで、大人向けのクラブ音楽として独自の地位を築いた。
この流れの中で 2000Black は中心的役割を果たした。Dego によるレーベル運営により、多くの Broken Beat アーティストやリリースが生まれ、UK ブラック・ミュージックの文化的ハブとなった。Kaidi と Dego の協働もこの環境の中で育まれ、数々のクラブヒットやスタジオ作品を生み出していった。
Sound Signature:デトロイト発、世界への拡張
Sound Signature は、1997年に Theo Parrish が設立したデトロイトのハウス/ブラック・ミュージックレーベルである。単なるハウス・レーベルにとどまらず、ジャズ、ファンク、ソウル、アフロ、ヒップホップなどの要素を融合させ、ブラック・ミュージックの新しい語法を提示してきた。
このレーベルは、音楽の形式やジャンルを越え、創造的コラージュとしての「サウンド彫刻」を追求するプラットフォームとして機能した。UK の Broken Beat アーティストたち、とりわけ Dego & Kaidi は、このレーベルに惹かれ、自身の音楽を新たな文脈で表現する場を見出した。
Dego & Kaidi と Sound Signature の邂逅
Dego & Kaidi が Sound Signature からリリースを行ったのは、2015年の 12インチ EP「ADAM ROCK DISSED!!」が最初である。これをきっかけに両者の協働が進み、2017年にはフルアルバム『A So We Gwarn』がリリースされた。両者の協働は15年以上に及ぶ長い歴史の集積であり、UK の Broken Beat とデトロイトのハウス文化を接続する画期的なプロジェクトとなった。
この「邂逅」は単なる音楽的コラボではなく、「グローバルなブラック・ミュージック再構築」の試みとしても重要であった。アルバムには、Mr.Mensah、Nadine Charles、Sarina Leah、Yelfris Valdes、Ray Carless、Wayne Francis など 2000Black ファミリーのメンバーも参加し、多様なサウンドを結集している。
『A So We Gwarn』の音楽性
『A So We Gwarn』は、14トラックからなるアルバムで、ジャズ、ソウル、ハウス、ヒップホップ、アフロなどの要素が融合している。複雑なリズム、ジャジーな鍵盤、生きたストリングス、ホーンのアンサンブルが、UK の都市的ブラック感覚とデトロイトのハウス感覚を横断する。
代表曲「Treasure Beach」では、Rhodes とホーンを主体に、Afrobeat から UK ジャズへの変換が試みられており、Wayne Francis のホーンが印象的なアクセントとなっている。アルバム全体を通じて、Broken Beat の再定義と、UK–US ブラック・ミュージックの交差点としての意義が示されている。
“So We Gwarn” の文化的意義
『A So We Gwarn』によって、UK の Broken Beat/ジャズ・ソウル文化と、デトロイトのハウス文化が融合された。Broken Beat が確立した「生楽器 + ビート + ジャズ/ファンク/ソウル的グルーヴ」を世界に再提示し、UK Black Music の再評価を促した。
アルバムは過去のノスタルジーではなく、未来への提案として機能する。過去と現在、UK と米国、クラブとジャズ、さまざまな軸を横断する “サウンドの署名” が、Dego & Kaidi によって刻まれたのである。
2020年代以降の展開
Kaidi Tatham は Broken Beat にとどまらず、ソロ名義やコラボレーションで活発に活動を続けている。Dego も 2000Black を中心に制作を継続しており、サウンドはジャンルの枠を超えて進化を続けている。Sound Signature は依然として、ブラック・ミュージックの交差点として機能し、グローバルに影響を与え続けている。
Broken Beat は過去の現象として語られるのではなく、「ブラック・ミュージックのムーブメント」として現在進行形で再解釈されている。Dego & Kaidi の活動は、こうした再解釈を可能にする基盤を提供している。
結び
Dego & Kaidi と Sound Signature の協働は、単なるアルバム制作に留まらず、ジャンルを超えたブラック・ミュージックの再定義であった。過去・現在・未来を行き来し、音楽の文法を再構築するこの試みは、文字通り「サウンドの署名」を刻む行為である。
彼らの音楽は、ジャンルの境界が曖昧になる現代において、過去の遺産を抱えつつ未来に向かう灯台のような存在である。リスナーにとって、Black Music を聴くとは何か、ジャンルの枠を越えるとはどういうことかを問いかける作品である。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1997 | Theo Parrish が Sound Signature 設立 |
| 1998 | Dego が 2000Black 設立 |
| 1998–00年代 | Kaidi Tatham が Broken Beat シーン参画 |
| 1999 | Kaidi & 2000Black 初期コラボ |
| 2003 | Dego & Kaidi によるクラブアンセム発表 |
| 2006 | Bugz in the Attic 『Back in the Doghouse』 |
| 2015 | Dego & Kaidi 「ADAM ROCK DISSED!!」EP リリース |
| 2017 | アルバム『A So We Gwarn』リリース |
| 2017–現在 | 両者のソロ・コラボ活動継続、Sound Signature は進化中 |