闇、静寂、スロウネス、都市の残響──ジャズはどこまで“影”に沈むのか
文:mmr|テーマ:Bohren & der Club of Gore を中心に辿るダークジャズ史について
ダークジャズ(Dark Jazz / Noir Jazz)は、ジャズの歴史の中でも特に特異な進化を遂げてきたサブジャンルである。
煙が立ちこめる深夜のバーでも、雨に濡れた都市の路地でもない──むしろ、音そのものが都市の「影」を描き、リスナーを孤独な物語へ導くような音楽。
本稿では、1990年代末から現代に至るダークジャズの流れを、Bohren & der Club of Gore を中心とした実在のアーティスト/作品データをもとに整理し、その音楽的構造・映画/映像との親和性までを総合的に扱う。
1. ダークジャズとは何か
● 起源
ダークジャズは厳密に定義されたジャンル名ではなく、2000年代以降ネット上でのタグやリスナーコミュニティを通じて定着した言葉である。
その音楽的要素は以下の通り。
- 極端にスローなテンポ(BPM 30–60程度)
- ミニマルなハーモニー構造
- ジャズ楽器(サックス、ウッドベース、ピアノ、ビブラフォン)の暗色的運用
- アンビエント/ドゥーム/映画音楽の手法の導入
- 持続音を重視したダイナミクスの希薄化
この特徴が結びつくことで、「ジャズの影の部分だけで構築した世界観」とも言える独特の音像が生まれた。
2. 主要アーティストとその役割
● Bohren & der Club of Gore(1992–)
ドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州で結成。
メンバーは複数の入れ替わりを経つつも、以下の点が一貫している。
- 元々はスロウ・ドゥーム/ハードコア・バンド出身
- 1990年代に「極端に遅いテンポでジャズを演奏する」アプローチへ転向
- ティム・ブルンス(ドラム)、ミッキー・コールマイヤー(ピアノ/オルガン)、ロビン・シュラー(ベース)、クリストフ・クローザー(サックス/ピアノ)などが中心的役割を果たす
音楽的には、ドゥームメタルのテンポ感 × ジャズの楽器編成 × 映画音楽の空間性が結合していることが最大の特徴である。
代表作:
- Gore Motel(1995)
- Sunset Mission(2000)
- Black Earth(2002)
- Geisterfaust(2005)
- Piano Nights(2014)
特に Black Earth はサックス、ピアノ、オルガン、ウッドベースが暗闇の中で残響を描くような音像で、ジャンルの代表作として扱われる。
● The Kilimanjaro Darkjazz Ensemble(TKDE)
オランダ発。2000年代中盤に映像素材に音を付けるプロジェクトとして始動。
ストリングス、エレクトロニカ、チェロ、トロンボーン、ボーカルなど幅広い音色を操り、ダークジャズの領域をアンビエント/エレクトロニカ寄りに広げた。
関連プロジェクトとして The Mount Fuji Doomjazz Corporation もあり、こちらはより即興性の高いライブ中心の活動を行った。
● Dale Cooper Quartet & the Dictaphones(フランス)
David Lynch の映像作品を名前の由来とし、よりドローン寄りのアプローチを推進。
バリトンサックスやエレクトロニック処理を駆使した、霧に包まれたような音響空間を構築する。
● 2000年代以降の広がり
YouTube、Bandcamp の普及とともに、「ダークジャズ」というタグはグローバルに共有され、独立系アーティストによって多様化が進んだ。
フィンランド、ポーランド、ロシア、アメリカなどの音楽家が参加し、特定の地域性ではなく「雰囲気(ムード)」を中心に発展している点が特徴的である。
3. ダークジャズの音楽的構造
ダークジャズは聴感上は「静かで暗いジャズ」に聞こえるが、実際には複数の音楽的特性が組み合わさっている。
● 1. テンポ:ドゥームメタル譲りの極度のスロウ
- BPM 30〜60
- 小節内の動きが少なく、残響が支配する
- 1音の重みが増す構造になり、都市の静寂を描く要素となる
● 2. ハーモニー:モーダル構造/減少和音の活用
- マイナー中心
- dim7、m7(b5)、sus4 を使った曖昧な解決
- ジャズの機能和声よりも“空気感”を優先したハーモニー構築
● 3. 音響処理
- リバーブによる空間演出
- エレクトロニクスの持続音
- テープ的な質感を加えるローファイ成分
● 4. インスト中心の語り口
多くのダークジャズ作品はインストゥルメンタルで、
「声ではなく“空間”が語る」
という形式をとる。
4. 映像との親和性:なぜ“雰囲気映え”するのか
ダークジャズは映画、アニメーション、ゲーム、VJ映像との親和性が高い。
● 理由1:情景を説明しすぎない
ダークジャズの音像は“空白”を多く残すため、映像側が自由に意味を与えられる。
● 理由2:都市の夜景・雨・スローモーションと一致
- 低照度の映像
- 高層ビルの俯瞰
- 車のライト
- 無人の地下鉄駅
こうしたシーンとダークジャズは非常に相性がよい。
● 理由3:映画音楽的構造
Bohren & der Club of Gore の楽曲には、明確なメロディよりも「持続する雰囲気」が重視されるため、映画的文脈と自然に重なる。
5. ダークジャズの年表
6. ダークジャズの系譜図
7. 代表作
● Bohren & der Club of Gore
- Gore Motel (1995)
- Midnight Radio (1997)
- Sunset Mission (2000)
- Black Earth (2002)
- Geisterfaust (2005)
- Dolores (2008)
- Piano Nights (2014)
● The Kilimanjaro Darkjazz Ensemble
- The Kilimanjaro Darkjazz Ensemble (2006)
- Here Be Dragons (2009)
- From the Stairwell (2011)
● Dale Cooper Quartet
- Parole de Navarre (2006)
- Metamanoir (2011)
- Astrild Astrild (2017)
8. ダークジャズの現在
YouTubeのロングミックスや視聴者による“夜景+ダークジャズ”動画によって、
2020年代以降、若いリスナー層を中心に再評価が進んでいる。
- Lo-fi HipHop の流行に並行して「静かな音楽」が支持
- 映像制作・VJ・独立映画の BGM として採用
- Bandcamp を中心に匿名的なアーティストが増加
ジャンルとして固定化されないまま、
“雰囲気を作る音楽”として拡張し続けている。
9. ダークジャズはどこへ向かうのか
AI生成映像、VJソフト、インディーゲームの普及によって、
視覚とサウンドが同列で語られる時代となった。
ダークジャズは「スロウで、空白が多い」という性質上、
映像と混ざり合うことで新たな価値を持ち続けると思われる。
ジャズの伝統に属しつつ、
アンビエント、ミニマル、ドゥームの文脈を吸収し、
21世紀の“都市の音”として成長する可能性は依然として高い。
終わりに
ダークジャズは、バーのBGMでも、夜の街のSEでもなく、
都市が持つ寂寥や影を“音だけで描く”モダンアートである。
Bohren & der Club of Gore を中心に、それぞれのアーティストが異なる影の描き方をしてきた。