序章:Boredomsとは何者だったのか
文:mmr|テーマ:Boredomsの変遷を追い、その作品形態・ライブ・派生ユニットがどのように発展したのかについて
日本の音楽史において Boredoms(ボアダムス)は、どの文脈においても完全に説明しきれない存在として特異な位置を占めている。
1980年代後半、大阪で結成された彼らは、ノイズ、ハードコア、アヴァンギャルド、サイケデリア、さらに後年のリズムアンサンブルへと変化を遂げ、世界中のミュージシャンに影響を及ぼした。
Boredomsはジャンルを越境するため、単純な歴史叙述では捉えられない。しかしその活動は確かに時代と連動し、同時に時代と断絶していた。
第1章:結成前史と大阪アンダーグラウンドの地層
1980年代の大阪には、東京とは異なる独自のアンダーグラウンド文化が形成されていた。劇場、廃ビル、ライブハウスが混在し、パンク、ハードコア、ノイズ、パフォーマンスアートの境界が曖昧な場が多く生まれた。Boredomsの核となったメンバーである 山塚アイ は、この雑多な環境を吸収しながら自身の表現を模索した。
アイは初期にはパフォーマンス色が強い活動を行い、音だけでなく身体の動き、オブジェ、コラージュ的な表現を実践していた。
こうした“音楽以前”的な段階を経て、後にBoredomsの原型となる Hanatarash(ハナタラシ) が動き出す。
図1:山塚アイの初期系譜(概念図)
Hanatarashのライブは過激さで知られ、実際に重機を持ち込むなど危険行為が問題視されることもあった。この極端な暴力性と表現衝動は、後のBoredomsにおける“制御された混沌”へと変化していく。
第2章:Boredomsの成立と初期ハードコア期(1986–1990)
Boredomsは1986年頃に大阪で始動し、初期メンバーには 山塚アイ、田畑満、吉川豊人、HIRA などが参加した。
彼らの初期作品はハードコアの速度感とノイズの破壊力を高密度で混ぜ合わせたもので、叫び、断片化したビート、突然の静寂が連続的に切り替わる構成を持っていた。
1988年、海外のインディーシーンでも注目を集めるようになり、米国のアンダーグラウンドコミュニティで話題に。
1989年には Sonic Youth が強力に支持し、彼らとの交流を介してアメリカのラージ・インディーへと接続される。
図2:初期Boredomsの音楽構造(概念モデル)
この時期のライブは常に予測不可能で、ステージ上のアクションも激しかったが、次第にアンサンブルの精度が上がり、音響構造が複雑化していく。
第3章:90年代のサイケデリック期と構築性の獲得(1990–1999)
1990年代に入ると、Boredomsはより長い楽曲構造、リズムの反復、サイケデリックな音響を取り入れ始める。象徴的なのが 1994年『Chocolate Synthesizer』 と 1998年『Super æ』 である。
3.1 サイケデリック化の背景
- アイの視点が衝動的破壊から“宇宙的拡大”へと移行
- 吉村由加(Yoshimi)が中心的役割を担い、ドラム/ヴォーカル/エレクトロニクス面で重要な発展をもたらす
- ミニマルリズムと反復構造への興味が強まる
この結果、90年代後半の作品は「光の渦」のようなサウンドに変化し、国際的評価が高まった。
第4章:V∞redoms/ボアドラムによるリズムアンサンブル期(2000–2010)
2000年代にBoredomsは V∞redoms 名義を含む新展開に入り、特に象徴的なのが 7月7日に開催された“7x7x7”ライブ を皮切りとする大規模ドラムアンサンブルである。
4.1 ボアドラムの意義
- 多人数ドラムによる巨大なポリリズム構造
- 観客を取り込む円環構造の会場レイアウト
- アイの指揮による視覚/身体的体験の重視
図3:ボアドラムの構造図
第5章:2010年代以降の活動
2010年代以降、Boredomsは断続的なライブ活動を続けながら、メンバー個々の創作活動も深化する。
特に Eye のヴィジュアルアート的活動 や Yoshimi のOOIOO/SAICOBABAなどでの活動 が広がり、Boredomsは“バンド”というより“集合体的プロジェクト”の印象が強まった。
第6章:OOIOO(オーアイオー)の成立と進化
OOIOOは Yoshimi P-We によって1990年代後半にスタートしたプロジェクトで、Boredomsとは異なる方向性を持ちながら、深部で強いつながりを持つ。
6.1 OOIOOの特徴
- 多層的パーカッション
- 呪術的・環境音的ボイス
- ポリリズムとミニマルの融合
- メンバー構成の変容を前提とした柔軟な体制
図4:OOIOOの音楽構造
OOIOOの活動はBoredomsの後期リズムアンサンブルと相互作用しており、吉村の方向性がBoredomsのサウンドにも帰還する構造を持つ。
第7章:山塚アイ(Yamantaka Eye)の個人史と創作観
本章では、これまで断片的に触れられてきた 山塚アイ の個人活動を体系的に整理する。
7.1 初期の興味
- コラージュ、漫画、具体的アート
- 破壊的パフォーマンス
- 音よりも“場”への関心
7.2 サンプリング感覚の形成
アイは90年代初期からターンテーブルやカセットを素材として扱い、物質的な音の断片をつなぎ合わせる“触覚的な編集”を得意とした。
7.3 リズムへの傾斜(2000年代)
ボアドラム期において、アイの関心はリズムの物理的・身体的側面へと大きく移行し、指揮者としての役割が中心となった。
図5:Eyeの表現進化
第8章:Boredomsの音楽的構造を体系化する
本章では、Boredomsの音楽を構造的に整理する。
8.1 相反する二極性
- 破壊的・突発的要素
- 反復と構造性の獲得
この二極性を行き来することで、彼らの作品は独特の流動性を持った。
8.2 リズム構造
後期のBoredomsでは、リズムが主語となり、旋律や歌詞は補助的役割へ移行した。
第9章:メンバーの変遷とアンサンブルの拡張
Boredomsの特徴のひとつは、固定メンバー性が薄く、役割が拡張し続けたこと である。
- Yoshimi:ドラム/ヴォーカル/パーカッション/エレクトロニクス
- Shinji Masuko:ギターと機材構築
- E-Da:ドラム
- Yo2ro:ドラム
- Others:多様なドラマーやゲストが多数参加
第10章:Boredomsの歴史年表(簡略・事実ベース)
終章:Boredomsとは“拡張する宇宙”である
Boredomsは単なるバンドではなく、時間とともに形状を変える“場そのもの” と言える。
そこにはアイの哲学的視点、Yoshimiの身体的リズム、メンバー各自の独自性が複雑に絡み合い、ひとつの巨大な生命体のように成長してきた。
OOIOOやEyeの個人史を含めて俯瞰すると、Boredomsの活動は“中心のない渦”のように広がり続けており、現在でもその影響は世界中で参照され続けている。