【コラム】 Black Metal:闇と美学の系譜

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【コラム】 Black Metal:闇と美学の系譜

ブラックメタル —— 暗黒音楽の進化史

文:mmr|テーマ:ブラックメタルの地域別詳細分析・個別バンドセクション・細分化年表・図解を備えて包括的に辿る

ブラックメタル(Black Metal)は、極限の表現・反体制・美学的破壊を抱えながら独自の進化を遂げてきた。音楽性だけでなく、思想、文化、地域性、芸術表現まで総合的に絡み合う本ジャンルは、金属音楽史のなかでも最も複雑な体系をもつ。


序章:なぜブラックメタルは“特別”なのか

ブラックメタルは、ヘヴィメタルの中でも最も“概念的”で、最も“美学的”で、 そして最も“文化的背景の影響を受ける”ジャンルである。

音の特徴だけでは語れない。 宗教観、地理環境、民族文化、哲学、政治状況、自然環境、録音技法、アンダーグラウンド倫理。 それらすべてが結びつき、ブラックメタルは他ジャンルとは異なる独自の存在となった。

本稿では、その全体像を史実にもとづき包括的に整理し、 さらに地域別分析・個別バンド深掘り・年表細分化まで統合した 決定版の長編ブラックメタル論を構築する。


第1章:起源 — 1970年代の暗黒美学の萌芽

ブラックメタルは1980年代に生まれたと思われがちだが、 その基盤は1970年代のヘヴィメタル黎明期に確立されていた。

■ Black Sabbath の“暗黒性”

1970年の Black Sabbath のデビューは、 オカルティズム・不吉さ・陰鬱なムードといった“ダーク”の概念をメタルの中心に据えた。

■ Venom 出現前の重要要素

  • オカルト文学の影響
  • 悪魔学的表現の拡大
  • 反宗教的アートの普及
  • ストリート文化と極端音楽の近接化

ブラックメタルの“精神的起源”はこの段階で既に芽生えている。


第2章:第一波(1981〜1989)— 荒々しい暗黒性の確立

1981年、Venom が誕生する。 1982年のアルバム 『Black Metal』 はジャンル名の起点となった。

■ 第一波の特徴

  • スラッシュ/スピードメタル的
  • 荒い演奏
  • 悪魔崇拝・反キリストを全面化
  • ローファイ録音
  • ライブ重視の暴力性

■ キーとなるバンド

  • Venom(英国)
  • Bathory(スウェーデン)
  • Hellhammer → Celtic Frost(スイス)
  • Sarcófago(ブラジル)
  • Tormentor(ハンガリー)

第一波の音楽は荒々しく、 のちの「冷たい・霊的・氷のような」第二波ブラックとは質感がまったく異なる。

しかし、美学の骨格(悪魔、反宗教、暗黒録音、反商業主義)は確立した。


第3章:第二波(1990〜1998)— ノルウェーが世界を変えた

ブラックメタル史でもっとも重要な時代が1990〜1998年である。 中心はノルウェーの若いアンダーグラウンド・ミュージシャンたちだった。

■ キー概念

  • ローファイ録音を“美学“として確立
  • トレモロリフ
  • スクリーム Vo
  • 反復と速度による“氷の荒野”の表現
  • コープスペイント
  • 冬・森林・孤独の自然観

■ 代表バンド

  • Mayhem
  • Darkthrone
  • Burzum
  • Emperor
  • Immortal
  • Satyricon

■ 重大事件

  • 1991:Mayhem の Dead が死去
  • 1992:教会放火事件
  • 1993:Euronymous 殺害事件
  • 1993–1994:主要アルバム一斉リリース

ノルウェーのシーンは暴力事件と美学の結びつきにより 世界的議論を巻き起こし、ブラックメタルを単なる音楽ではなく 文化現象へと押し上げた。


第4章:第三波(1998〜2005)— 世界的拡散と変異

第二波の音像を継承しながら、 1998年以降は国際化と多様化が急速に進む。

■ 主な潮流

  • USBM の台頭(Leviathan, Xasthur)
  • フランス DSÔ・LLN 系の哲学化
  • プログレ化(Enslaved)
  • アトモスフェリック志向
  • 民族音楽との融合

ブラックメタルは“思想・音楽・文化圏ごとの多様化”という 新たなフェーズへ移行する。


第5章:第四波(2005〜2025)— ポストブラックと多文化化

2005年以降は、従来の美学を継承しながらも “新しい光”“新しい感情”“新しい自然観”が導入され、 ブラックメタルは再定義されていく。

■ 代表的潮流

  • ポストブラック/ブラックゲイズ(Alcest, Deafheaven)
  • 自然霊性を基盤とする北米系(WITTR)
  • アトモスフェリック系の世界的普及
  • 東欧の民族主義・自然詩学系の拡大(Drudkh)
  • 東アジアの新世代(Zuriaake ほか)

ブラックメタルは、もはや欧州だけのものではなく、 “世界各地の文化が反応して生まれる概念音楽”へと変化した。


第6章:個別バンド詳細セクション(主要バンドの思想・音楽性・社会的影響)

ここでは、ブラックメタル史上の要となったバンドを、時代・地域・潮流ごとに体系的に掘り下げる。


Venom(UK):ジャンル名称を決定づけた始祖

活動開始:1979年 代表作:Black Metal (1982), Welcome to Hell (1981)

  • Venom は、ブラックメタル特有の「理念」や「美学」の多くを持っていないが、 “Black Metal” という語を作品タイトルとして初めて強く提示したバンドである。
  • 音楽的にはスラッシュ・パンク・NWOBHM の中間を突き進む荒削りなサウンド。
  • Chronos らメンバーは、宗教的な神秘思想を真剣に標榜していたわけではなく、 ショック要素としての悪魔主義/反宗教を利用
  • その結果、後世の北欧ブラック勢が Venom を“音楽ではなく姿勢”の源流と位置づける。

Bathory(Sweden):音楽的ブラックメタルの基礎を確立

中心人物:Quorthon 代表作:Bathory (1984), The Return…… (1985), Under the Sign of the Black Mark (1987)

  • 北欧ブラックメタルの「音楽的フォーマット」を最初に明確化したのが Bathory。
  • 特徴

    • ノイズの壁のようなギター
    • エコーが深く広い絶叫ヴォイス
    • リフのミニマル構造
    • リズムの高速化(特に1985〜87)
  • スウェーデン特有の“冷気”と“湿気”を思わせるメロディラインは以後のムーヴメントに直結。
  • 90年代にはヴァイキングメタル期へ移行し、ブラックメタルの範疇を超えた北欧神話美学の再創造へ。

Mayhem(Norway):ノルウェー・サークルの中心

代表作:Deathcrush (1987), De Mysteriis Dom Sathanas (1994)

  • メンバー構成、事件、思想、すべてがブラックメタル第二波の象徴。
  • Dead(Per Ohlin)のステージ・パフォーマンス(死体化粧・生肉など)は ブラックメタルに「死と非人間性」の儀式的要素を持ち込む決定的出来事。
  • Euronymous は Helvete(オスロのレコード店)を活動拠点として、 ブラックメタル・インナーサークル(密な少人数コミュニティ)を形成。
  • 後に Euronymous 殺害事件(1993)と教会放火事件群で世界的な注目を浴びる。

Burzum(Norway):ミニマリズムと神秘主義の確立

中心人物:Varg Vikernes 代表作:Burzum (1992), Det Som Engang Var (1993), Hvis lyset tar oss (1994)

  • 音楽は徹底したミニマリズムを志向し、 反復によるトランス性・時間感覚の崩壊を意図した作風。
  • 1990年代前半のノルウェー文化・宗教論争において強い発信を続け、 メディアの過剰報道によりブラックメタルの「危険イメージ」が定着。
  • 事件(Euronymous 殺害)と逮捕以降、Burzum 音源はよりアンビエント志向に向かう。

Darkthrone(Norway):ローファイの美学を定義

代表作:A Blaze in the Northern Sky (1992), Under a Funeral Moon (1993), Transilvanian Hunger (1994)

  • 1991年までデスメタル志向だったが、 Bathory に強く影響され、北欧ブラックメタルの“最純形”を確立。
  • 録音は極端にローファイで、

    • 垂直なギターの壁
    • ハイハットとスネアのモノトニックな連打
    • 極端に軽いベース が“北欧黒金属の音”=「コールド・サウンド」の決定版となる。

Emperor(Norway):シンフォニックな広がりの創造

代表作:In the Nightside Eclipse (1994)

  • キーボードの大規模使用により、 ブラックメタルをオーケストラ的な音響へ拡張したパイオニア。
  • Samoth、Ihsahn の二軸で構築された構造は、後のシンフォニックBM 全体の原型となる。

Immortal(Norway):北極神話の独自路線

代表作:Battles in the North (1995), At the Heart of Winter (1999)

  • “Blashyrkh” と呼ばれる架空の氷雪世界観を構築し、 暴力性ではなく架空神話性を押し出した点で異色。
  • ギター・ドラムの速度と、フィクション世界の濃度が後年の“ファンタジーBM”の源流に。

第7章:地域別の専門的分析(国・文化背景ごとに体系化)


ノルウェー:第二波の神殿

  • 主軸:Mayhem / Burzum / Darkthrone / Emperor / Immortal / Satyricon ほか
  • 文化背景

    • 国教としてのキリスト教(ルター派)と、北欧古層文化の断絶
    • 90年代初頭の若者文化の閉塞
    • 政教関係の歴史的摩擦
  • 音楽的特徴

    • ローファイ志向
    • メロディの北欧民俗的下降フレーズ
    • 極寒の空気感を持つトレモロリフ

スウェーデン:メロディと秩序の国

  • 主軸:Bathory / Marduk / Dark Funeral / Dissection
  • 特徴

    • スウェーデンは録音技術において安定しており、 “冷たさと高解像度の両立”という独特のサウンドを生む。
    • Dissection のデス・メロディ導入は、全世界のメロディックBMに波及。

フィンランド:異形系の温床

  • 主軸:Beherit / Impaled Nazarene
  • 特徴

    • ノイズ、プリミティブ、ロウ・サタニズムなど 最も“異端寄り”のブラックメタルが集中
    • 録音の質よりも“儀式性”を重要視。

フランス:ポスト・ブラックの先駆地

  • 主軸:Deathspell Omega / Blut Aus Nord
  • 特徴

    • 哲学的、反教義的、アヴァンギャルドな表現が突出。
    • 2000年代以降は世界のブラックメタルの中心潮流のひとつを形成。

アメリカ(USブラックメタル):多様性の坩堝

  • 主軸:Leviathan / Xasthur / Wolves in the Throne Room
  • 特徴

    • カスカディアンBM(自然崇拝系)
    • DSBM(鬱系)
    • アンビエントBM と各スタイルが細分化し、世界展開を主導。

東欧:ペイガンと民族主義の磁場

  • ロシア、ウクライナ、ポーランド

    • Drudkh, Nokturnal Mortum, Graveland など
    • フォークロア・神話・土着文化の比重が高い。

第8章:年表

— 主要出来事+年ごとの名盤リスト —**

下記は 事実ベースの時系列。事件や作品は公式リリース年・発生年を基準とする。


1980–1984(原初相)

1981

  • Venom Welcome to Hell 1982
  • Venom Black Metal(ジャンル名が確立する契機) 1984
  • Bathory Bathory(北欧BMの音楽的基礎を定義)

1985–1989(音楽的フォーマット成立)

1985

  • Bathory The Return…… 1987
  • Bathory Under the Sign of the Black Mark
  • Mayhem Deathcrush EP

名盤

  • Celtic Frost(スイス)Into the Pandemonium (1987) — アヴァンギャルド方向性の原型。

1990–1993(第二波勃興・事件の時代)

1990

  • Immortal 形成
  • Emperor 形成

1991

  • Mayhem:Dead 死去(事実)
  • Darkthrone:デスメタルからブラックメタル方向へ転換決定

1992

  • Burzum Burzum
  • Darkthrone A Blaze in the Northern Sky

1993

  • 複数の教会放火事件の発生(事実)
  • Euronymous 殺害事件(事実)
  • Burzum Det Som Engang Var

1994–1999(ジャンルの拡張・成熟)

1994

  • Mayhem De Mysteriis Dom Sathanas
  • Emperor In the Nightside Eclipse
  • Burzum Hvis lyset tar oss
  • Darkthrone Transilvanian Hunger

1995

  • Immortal Battles in the North
  • Gorgoroth デビュー

1996–1999 名盤

  • Satyricon Nemesis Divina (1996)
  • Immortal At the Heart of Winter (1999)

2000–2010(ポスト・ブラック/DSBM/US勢の台頭)

2003

  • Xasthur The Funeral of Being(DSBMの礎)

2006

  • Wolves in the Throne Room Diadem of 12 Stars(カスカディアンBMの確立)

2010

  • Deathspell Omegaの哲学的三部作が世界的評価へ。

2011–2020(グローバル化とクロスオーバー)

  • 日本、東欧、北米、南米を中心に地域性が織り込まれる時代へ
  • ブラックゲイズ(黒轟音+シューゲイザー)系が欧米で拡大
  • Raw Black Metal の再ブーム(特にBandcamp文化と連動)

第9章:図:ブラックメタル潮流系統図

flowchart TD A[1980s 原初 / Venom・Bathory] --> B[1990-93 第二波 / Mayhem・Burzum・Darkthrone] B --> C[北欧主流 / Emperor・Immortal・Satyricon] B --> D[東欧ペイガン / Drudkh・Graveland] B --> E[US Lo-Fi・DSBM / Leviathan・Xasthur] C --> F[シンフォニックBM / 2000年代 欧州] E --> G[カスカディアンBM / WITTR] F --> H[ポスト・ブラック・アヴァンギャルド / D.S.O・Blut Aus Nord]

総括:ブラックメタルとは何か

ブラックメタルは、金属音楽の一派でありながら、宗教・美学・哲学・録音文化・地域社会など多方面に根を張る“総合文化現象”である。 単なる破壊的音楽ではなく、各地で異なる方向へ進化し、時に芸術・文学・映像文化にも浸透してきた。

冷気、闇、精神性、反逆、孤独、祝祭、儀式。 そのすべてがブラックメタルの中に同時に存在している。

  • ブラックメタルの音楽は 特定地域の気候・文化・歴史の反映として成長した。
  • 1990年代以降は 多極化(ノルウェー中心から世界へ)が進行。
  • 事件・思想・社会背景はジャンルの評価やイメージ形成に強く影響したが、 音楽史的には各バンドの作品構造・録音美学の変遷こそが本質である。
  • 2000年代以降は アヴァンギャルド化・自然崇拝型・DSBM・ポストBMのように細分化し、 2020年代まで拡張が続いている。

Monumental Movement Records

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