
「聴く音楽」から「感じる音楽」へ
文:mmr|テーマ:映画音楽の記録・再生・体験のかたち
映画音楽は“耳で観る映画”である
映画音楽とは、劇伴(バックグラウンドスコア)や 挿入歌など、視覚映像とともに人間の感情を導くための「もうひとつの脚本」である。
そして、映画音楽は映画そのものの一部であると同時に、それ単体でも体験される独立した芸術作品でもある。本稿では、この映画音楽が「どのような媒体」によって録音され、流通し、記録され、保存されてきたかについて時代を追って紐解いていく。
映画音楽の歴史と録音の起点
● 無声映画期(〜1920年代)
映画館ではピアニストやオーケストラが生演奏で音楽を付けていた。したがってこの時代には「録音された映画音楽媒体」は存在しない。映画音楽の楽譜は出回ったが、媒体としての記録はなし。
● トーキー映画と録音の登場(1927〜)
『ジャズ・シンガー』(1927)を皮切りに光学式録音(Optical Sound)が導入され、映像フィルムの中に音声情報(スコア)を記録する時代へ。
この頃から「サウンドトラック=映画の音声素材」という意味が明確化される。
■ 映画音楽の主要メディア:記録と再生の技術的変遷
- フィルム自体への録音(サウンド・オン・フィルム)
光学録音方式(Optical Soundtrack)
1930〜1950年代に一般化。
画面の脇に「波形画像」として音が記録され、投影時に音声として再生。
磁気録音方式(Magnetic Soundtrack)
1950〜60年代に登場。ステレオ録音やダイナミックレンジの向上が可能に。
- レコード(Vinyl LP / EP)
映画音楽の一般流通用メディアとして1950年代〜80年代に隆盛。
映画のハイライトや代表曲のみ収録。物理的制約により抜粋盤が多い。
- カセットテープ / 8トラック
1970〜80年代に家庭再生機器として普及。
カーオーディオやポータブル機器で映画音楽を持ち運ぶという新しい形。
- CD(コンパクトディスク)
1980年代以降、高音質・長時間・曲順の自由度の高いフォーマットとして普及。
フルスコアの収録も可能となり、映画音楽鑑賞の黄金時代を形成。
サントラ専門レーベル(La-La Land Records、Intrada、Varese Sarabandeなど)も登場。
- DVD / Blu-ray:映像+音楽
映像作品の中でサウンドトラックを「再体験」するメディア。
5.1ch / DTSなど、立体音響技術により音楽の空間表現が大きく進化。
- デジタル音源(MP3 / WAV / FLAC / AAC)
iTunesやAmazon MP3での音源販売。
Bandcampなどのプラットフォームでの独立系映画音楽家の発信も。
フルスコアから未発表曲、オルタネイトテイクまで高解像度で配信可能。
- サブスクリプション(Spotify / Apple Music など)
サウンドトラックも“聴き流す時代”へ。
アルバム単位ではなく「映画的気分」や「BGM」としてのプレイリスト化。
映画音楽の“機能性”と“芸術性”の境界が再び問われている。
映画音楽の“サウンドトラック”と“スコア”の違い
項目 | サウンドトラック(OST) | スコア(Original Score) |
---|---|---|
含まれる音源 | 映画内で使用されたすべての楽曲(既成曲含む) | 作曲家による劇伴音楽のみ |
形式 | コンピレーション的 | オーケストラまたはシンセによる記録 |
例 | Trainspotting OST(90年代UK音楽多数) | The Dark Knight Score(Hans Zimmer) |
コレクターズ文化と限定盤市場
映画音楽は、コレクターズアイテムとしても人気が高く、特に以下のようなメディアが珍重される:
未発表スコアのCD化(Expanded Editions)
例:Aliens - Complete Motion Picture Score(Intrada)
アナログ盤の復刻/カラー盤
Death WaltzやWaxwork Recordsがホラー映画音楽を美術品のようにリリース。
フィルム・スコアの楽譜出版
映画音楽の演奏・研究目的でスコアが出版される。
作曲家視点から見た媒体の変遷
● ジョン・ウィリアムズ世代(アナログ〜CD)
オーケストラ収録を前提としたアナログマスター → デジタル化
● ハンス・ジマー世代(デジタルネイティブ)
DAWベースで作曲・録音・ミキシングまで完結。
メディア展開を想定しながら設計されるスコア。
● 現代の作曲家(配信主導型)
YouTube、ゲーム、ストリーミング映画(Netflix)への対応。
Dolby Atmosや空間オーディオを前提にしたミックスも増加中。
音楽と映像の“分離”と“再統合”
映画音楽の媒体とは、単に音を届ける手段ではなく、映像から切り離されて独自に鑑賞されるか、または映像と再接続されることで再体験を可能にする装置である。
CDで聴くと新しい発見があるスコア(例:Thomas Newmanの音楽)
映像と切り離されることで“記憶を喚起”するサウンドトラック
ゲーム音楽やVRのように、映像と再統合される次世代メディアの登場
音の記憶はどのように保存されるか?
映画音楽は、物語や映像とは異なる仕方で、私たちの心に“時間”として残る。そしてその記憶は、LP、CD、MP3、ストリーミングという「媒体」を通して保存され、時に再生され、時に忘却される。
スクリーンに流れた音は、スピーカーを通してまた私たちの内側に帰ってくる。媒体とは、記憶の器であり、物語のもうひとつの再生装置なのだ。
List
アーティスト / 編曲者 | タイトル | 年代/作品 | フォーマット |
---|---|---|---|
Jerry Goldsmith | A Patch Of Blue | 1965年 映画スコア(78年再発) | Cassette |
VA | Tank Girl | 1995年 映画サントラ | CD |
久石譲 (Joe Hisaishi) | BRAIN&MIND サウンドトラック Vol.1 | 1993年 NHKスペシャル | CD |
Thomas Newman | Scent Of A Woman | 1992年 映画サントラ | Cassette |
Adam Clayton & Larry Mullen | Theme From Mission: Impossible | 1996年 映画テーマ | Cassette |
Ennio Morricone | Nuovo Cinema Paradiso | 1989年 映画サウンドトラック | CD |