
Drum & Bassの衝撃:速度と重低音が紡ぐ都市の詩学
文:mmr|テーマ:Drum & Bass・ジャングル・UKサウンド
都市が産んだハイブリッド・ビート
Drum & Bass(以下D&B)は、1990年代初頭のロンドンの地下クラブシーンで生まれた音楽ジャンルであり、同時に多文化的都市生活のリズムそのものである。高速ブレイクビート、唸るようなベースライン、レゲエ/ダブ/ヒップホップ/テクノなどを融合し、UKの音楽史に革新をもたらした。
その進化は驚異的で、ジャングル、リキッドファンク、テックステップから、ニューロファンク、ジャンプアップ、ドラムステップまで、多くの枝分かれを見せている。
ジャングルからD&Bへ
● 1990〜1993:ジャングルの胎動
D&Bのルーツはジャングルというジャンルにある。これは、アシッド・ハウス、レイヴ、ヒップホップ、レゲエなどが混ざり合って生まれたカオス的ビート音楽であり、特にアーメン・ブレイク(Amen Break)のサンプリングが中核を成していた。
主要人物:
Rebel MC / Congo Natty:レゲエ的ルーツを色濃く残す。
Shut Up and Dance:ジャングルとヒップホップの橋渡し。
LTJ Bukem:後のインテリジェントD&Bへとつながる。
● 1994〜1997:Drum & Bassの確立期
この時期からジャングルという呼称が次第にD&Bへと移行していく。これは、サウンドがより洗練され、サブベースやプロダクション技術が向上したことを意味する。クラブミュージックとしての機能性が高まり、シーンが成熟する。
代表的アーティスト:
Goldie(Metalheadz):名作『Timeless』でD&Bを芸術に昇華。
Roni Size / Reprazent:ライブ演奏とジャズの融合を果たした『New Forms』でマーキュリー賞を受賞。
DJ Hype / Ganja Kru:ジャンプアップ系サウンドの代表格。
速度・重低音・分解の美学
要素 | 内容 |
---|---|
テンポ(BPM) | 約160〜180。クラブミュージックでは最速級。 |
ブレイクビート | Amen、Funky Drummer、Apacheなどのサンプリングを多用 |
サブベース | 身体に響く超低音が音楽の芯 |
リズム構造 | シンコペーション、不規則性、断片化が特徴 |
音響設計(Sound Design) | フィルター、リバーブ、ディストーションなどエフェクト処理が非常に重要 |
サブジャンル:多彩な顔を持つD&Bの世界
● ジャングル(Jungle)
D&Bの原点。ラガ・ボーカルやレゲエ・ベース、荒削りなブレイクが特徴。
● テックステップ(Techstep)
ダークでインダストリアル、無機質なサウンド。Ed Rush & Optical、Dom & Rolandなどが代表。
● ニューロファンク(Neurofunk)
テックステップの進化形。神経質で歪んだベースラインが中心。Noisia、Phace、Mefjusなど。
● リキッドファンク(Liquid Funk)
ジャズ、ソウル、R&Bの要素を取り入れたメロウなスタイル。Calibre、High Contrast、Netsky。
● ジャンプアップ(Jump-Up)
キャッチーなベースとシンプルな構造でダンスフロア直結型。DJ Hazard、Sub Zeroなど。
● ドラムステップ(Drumstep)
ハーフタイムとダブステップの影響を受けたサブジャンル。Excision、Downlinkなど。
D&Bを支えた拠点
Metalheadz(Goldie):深みと知性を併せ持つ。
Hospital Records(Tony Colman aka London Elektricity):リキッドファンクの拠点。
Ram Records(Andy C):メインストリームを牽引。
Shogun Audio(Friction):幅広いスタイルをサポート。
Exit Records(dBridge):実験的かつ洗練された音を展開。
また、Pirate Radio(海賊ラジオ)やRinse FMといった非公式メディアがD&Bの普及に果たした役割も大きい。
UK多文化都市の音楽
D&Bはロンドンやブリストルといった多民族都市で生まれ、移民文化、ストリートカルチャー、レイヴ文化が交錯する場所で育った。
ブラック・ブリティッシュの影響: サウンドシステム文化、レゲエ/ダブの手法。
白人労働者階級のDIY精神: 海賊ラジオ、インディペンデントレーベル。
テクノ/IDMとの交差: Squarepusher、AutechreなどがD&B的リズムを展開。
ファッション・ライフスタイル
クラブウェア: スポーツウェア、ナイロン、キャップ、ジャージ。
ストリート文化: グラフィティ、スケート、ジャングリストの思想。
ヴィジュアル: フューチャリスティックでサイバーパンク的。アートワークも重要。
世界規模への拡張と分岐
現在、D&Bは世界中のベース・ミュージックの基盤として君臨している。特にヨーロッパ(オーストリア、オランダ)、北米、日本、オーストラリアなどでシーンが確立。
● 注目の現代アーティスト Noisia(解散済):神レベルのプロダクション技術。
Alix Perez:ダブ〜ハーフステップまでこなす音の錬金術師。
Sub Focus / Wilkinson:メインストリームとアンダーグラウンドを繋ぐ存在。
Drum & Bassとは“都市の心拍”である
Drum & Bassは、単なるクラブ・ミュージックではない。それは都市に生きる人間たちの不安、希望、スピード、緊張、そして抵抗のビートである。
この音楽は、分断された社会の中で人々をつなげ、動かし、考えさせる。ひとたびそのリズムに魅せられたなら、あなたの中にもD&Bが流れ始めるだろう。